この書き物はいつもに増してヘビーである。来月は大人の英語
かなあ(笑)。
欧米の仕事環境において、自分の思う優秀なリーダー達と、普通の
リーダー達の違いが顕著に現れる場面があると思う。
それは、自分の上司からの指示と、自分の意見が食い違ったときの
対応の仕方である。
まず、「立場上言う事を聞く」や、「うまく自分なりに解釈して
伝える」といったような、受け身的な対応が必要な場合も多々あると
思う。ただし今回は、欧米の文化で大事であると思う、また、自分の
ように日本の文化がバックグラウンドである場合に難しいと考える、
この上司の意見に対して何かうまく対応したい場合のことを考えたい。
自分は基本は意見を言う方なので、何か賛成できない事があると
相手が誰であろうと自分の意見をストレートに言う方であった。
「当たり前だ!」と突っ込まれそうだが、これではうまくいか
ない事の方が多い。
仕事の関係の長い、信頼関係の確立された上司ならこういった
意見をきちんと聞き、考慮してくれるのであるが、問題は仕事を
初めてするまだ信頼関係の築けていない新しい上司の場合など
である。
「あの上司、マジいけてねえ。なぜ意見を聞いてくれないん
だろう。。。耳を傾ける価値はあると思うのに。」
このような愚痴は良く聞くし、自分もいままでかなりよく
言ってきた。
長い間、何よりも重要なことは、仕事の為にとにかく正しい
ことをやるのが一番大事だと思っていた。なので上司の意見に
同意しない時は意見もする。そして、仮に自分が正しい事を
言っていると思っている時は、それを例えば上司が聞く耳を
持たない場合は、その意見を聞かない人が悪いと思っていた。
なので上のような愚痴もでる。
しかし本当の問題は、実は意見の正しさにではなく、上司に
意見を聞いてもらう為の信頼関係の築き方にあったと今では
思う。
自分の尊敬するリーダー達を観察してきて気づくのだが、
彼らはどんな上司でも、仮に初めて一緒に仕事をする相手
でも、上司の信頼を得るのが抜群にうまく、早い。
そして、この誰とでもきちんと素早く信頼関係を築くこと
ができ、上司の信頼のもとのコミュニケーションのできる
リーダーは、かなり優秀であると自分は思う。
この立ち位置にいる人であれば、仮に上司の意見に同意を
しない場合は、説得力をもった、うまい言い方で意見を
すればきちんと聞いてくれる。上司の観点から見ればこれも
明白で、自分の信頼する部下から、説得力をもって、良い
提案をされれば、当然聞く耳を持つであろう。
(もちろんその意見に同意をするかどうかは場合次第だが、
どちらにせよ、信頼関係を築いた人との対話なので、どちら
になろうと有益なディスカッションで終わる。)
仮に本当に上司が間違っていた場合は、誰でも間違えはある
わけで、上司からすれば信頼する人からのうまい指摘であり、
頼りになる部下である。
逆に、きちんと信頼関係を築いていない上司に対して意見を
すれば、それが正しいかどうかなど関係なく、単純に「いち
いち何かを言うたびに、自分の意見を言ってくる使いづらい
ヤツ」になってしまう。
悪いのは意見の内容ではなくて、その上司に対する自分の
立ち位置であったと思う。
さて、初めにも触れたが、場合によっては「立場上上司の
言う事を聞く」や、「うまく自分なりに解釈して伝える」
といったような、受け身的な対応が必要な場合もあると思
う。しかし、その対応方法しか行わないと、仕事は一緒に
したいが、表現を悪くすると「使いやすい人材」と潜在的に
思われてしまう可能性があると思う。
上のような優秀なリーダーの対応方法が出来る人は、受け身
的な対応が基本姿勢のリーダーと比べると、違う種の上司から
の信頼を得ている様な気がする。
自分の尊敬するリーダー達はこれを難なくこなしている。
言うのは簡単であるが、このスキルを身につける為には、
このブログで書いていることの総合力みたいな物が必要に
なると考える。だからこそ我々日本人には難しいと思う。
欧米の文化ではリーダーとして上司の信頼を得る為には、
良い仕事をしているだけではだめである。まず、「社交性」、
「ジェントルマン」、「雑談」、「冗談」といった、この
ブログのいろいろな所で書いている、文化的にリーダーに
求められる人間性が備わっていなくてはならない。
そして、リーダーとしての信頼をきちんと得るためには、英語
のコミュニケーション力も相当必要である。上司の間違いを
説得力をもって否定するようなコミュニケーションには、相当
のArticulation能力が必要である。
自分の生活環境で、リーダーの優秀さを見分けるには、上司の
指示が間違っていると思った場合の、その人の対応方法を観察
すると、よくわかると思うのである。
そして最後に、視点を変えると、このような優秀なリーダー
達は、信頼関係を素早く築いた後に、上司が間違っていると
思うときはバシバシ説得力のある言い方で自分の意見を言って
くる。このようなリーダー達をさらにその上でまとめる人は、
相当な強さおよび能力が無いと勤まらないことも想像できる。
これが自分の考える、我々日本人にとって、国際環境でいち
外国人として組織を率いるのが難しい大きな理由の一つである。
ラベル 日本人にとって、いち外国人として組織を率いるのが難しい理由 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 日本人にとって、いち外国人として組織を率いるのが難しい理由 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
2010年8月21日土曜日
2010年6月6日日曜日
「Articulation skill」の重要性 --- Part.3 〜「聞き返してはいけない」、「言い直してはいけない」のルール
「Articulation skill」の重要性 --- Part.1
「Articulation skill」の重要性 --- Part.2
「Articulation skill」の重要性 --- Part.3は、さらにこのスキルの
定義、重要性を掘り下げて考えてみたい。
現在自分の英会話における悩みは、今まで基準にしてきたことが、
自分の必要とするコミュニケーションにおいて、間違っていたことに
気づいたことである。いままでの英語におけるコミュニケーションの
基準は、
「理解できればいい」、「伝わればいい」
であった。
たとえば、誰かと会話をしている時に、ちょっと分からないこと、
聞きそびれたたことがあれば、「ん?それどういう意味?」や、
「それってこういう意味で良いの?」、「もう一度最後の部分
繰り返してくれる?」で、仮に一度目で聞き間違えていたら解決
できる。
相手に何かうまく伝わらなかった時は、言い方を変えたり、相手が
確認のために聞き返したらもう一度きちんと説明すればよいのである。
「分からなかったら聞き返せば良い」
「伝わらなかったら言い直せば良い」
の基準で、いままで日常生活も、仕事も不自由がなかった。それゆえ、
そこから向上が必要なコミュニケーションがあるということにも、
いままで気づかなかったのだと思う。しかし、それでは色々な場面で
コミュニケーション力が足りないということに気づいた。
リーダーの仕事をしだすと、いろいろと会社のミーティングに参加
し始める。そこにいるのは、全員コミュニケーションのエキスパート
達である。そして、その場でディスカッションされる内容は、日本語
でも説明が難解なテーマも多々ある。さらには、ミーティングが重要
になればなるほど、時間に限りのある連中も集まる。
大勢の時間を拘束するミーティングにおいて、やはり会話の流れ
をコミュニケーション力不足のせいで止めるのは当然NGである。
一対一の会話とは少々様子が違ってくる。つまり、
「分からなかったら聞き返せば良い」
「伝わらなかったら言い直せば良い」
の英会話では、こういったミーティングではコミュニケーション力
不足となってしまう。説明が難解な内容を、一発で、簡潔に伝えら
れなくてはいけないのである。
「あいつをミーティングに含めると、面倒くさい」と思われたら
リーダー失格である。これではそのうち会議に呼ばれなくなって
しまうこともあるだろう。
さらには、自分の業界は、映像を言葉で伝えなくてはならないので、
余計大変である(苦笑)。これは正直、第二外国語ではかなり難しい。
現在のもっぱらのテーマは、「理解できればいい」、「伝わればいい」
の英会話から、「説明が難解な内容を、一発で、簡潔に、前準備無し
で伝える」
へ、向上する事である。当たり前のことなのだが、会社のリーダー
達はみなこれができている。これが英語の環境でリーダーに求めら
れるArticulation Skillなのである。
このスキルを意識しだしてからは、友達との会話や、レストランでの
注文など、繰り返しが許される場においても、「伝えたい事を一発で
簡潔に伝える」ことを意識するようにした。
「聞き返してはいけない」
「言い直してはいけない」
のルールを日常会話に入れるのである。そして、これらを練習する
ためには、いかに外国人と日常生活をするのが大事かということも、
書き足しておきたい。
英会話のスキルを向上したい方々には、ぜひ「聞き返してはいけない」
「言い直してはいけない」のルールを試してみてほしい。日常会話が
ある程度できる様になって来たら、早い段階で実践しだすことを
オススメする。自分の様に、長い間このArticulationを意識せず
会話をしてくると、あとでツケが回ってくると思う。
自分ももっと早くに実践していたらなあと、思う。
「Articulation上達法」へ進む
「Articulation skill」の重要性 --- Part.2
「Articulation skill」の重要性 --- Part.3は、さらにこのスキルの
定義、重要性を掘り下げて考えてみたい。
現在自分の英会話における悩みは、今まで基準にしてきたことが、
自分の必要とするコミュニケーションにおいて、間違っていたことに
気づいたことである。いままでの英語におけるコミュニケーションの
基準は、
「理解できればいい」、「伝わればいい」
であった。
たとえば、誰かと会話をしている時に、ちょっと分からないこと、
聞きそびれたたことがあれば、「ん?それどういう意味?」や、
「それってこういう意味で良いの?」、「もう一度最後の部分
繰り返してくれる?」で、仮に一度目で聞き間違えていたら解決
できる。
相手に何かうまく伝わらなかった時は、言い方を変えたり、相手が
確認のために聞き返したらもう一度きちんと説明すればよいのである。
「分からなかったら聞き返せば良い」
「伝わらなかったら言い直せば良い」
の基準で、いままで日常生活も、仕事も不自由がなかった。それゆえ、
そこから向上が必要なコミュニケーションがあるということにも、
いままで気づかなかったのだと思う。しかし、それでは色々な場面で
コミュニケーション力が足りないということに気づいた。
リーダーの仕事をしだすと、いろいろと会社のミーティングに参加
し始める。そこにいるのは、全員コミュニケーションのエキスパート
達である。そして、その場でディスカッションされる内容は、日本語
でも説明が難解なテーマも多々ある。さらには、ミーティングが重要
になればなるほど、時間に限りのある連中も集まる。
大勢の時間を拘束するミーティングにおいて、やはり会話の流れ
をコミュニケーション力不足のせいで止めるのは当然NGである。
一対一の会話とは少々様子が違ってくる。つまり、
「分からなかったら聞き返せば良い」
「伝わらなかったら言い直せば良い」
の英会話では、こういったミーティングではコミュニケーション力
不足となってしまう。説明が難解な内容を、一発で、簡潔に伝えら
れなくてはいけないのである。
「あいつをミーティングに含めると、面倒くさい」と思われたら
リーダー失格である。これではそのうち会議に呼ばれなくなって
しまうこともあるだろう。
さらには、自分の業界は、映像を言葉で伝えなくてはならないので、
余計大変である(苦笑)。これは正直、第二外国語ではかなり難しい。
現在のもっぱらのテーマは、「理解できればいい」、「伝わればいい」
の英会話から、「説明が難解な内容を、一発で、簡潔に、前準備無し
で伝える」
へ、向上する事である。当たり前のことなのだが、会社のリーダー
達はみなこれができている。これが英語の環境でリーダーに求めら
れるArticulation Skillなのである。
このスキルを意識しだしてからは、友達との会話や、レストランでの
注文など、繰り返しが許される場においても、「伝えたい事を一発で
簡潔に伝える」ことを意識するようにした。
「聞き返してはいけない」
「言い直してはいけない」
のルールを日常会話に入れるのである。そして、これらを練習する
ためには、いかに外国人と日常生活をするのが大事かということも、
書き足しておきたい。
英会話のスキルを向上したい方々には、ぜひ「聞き返してはいけない」
「言い直してはいけない」のルールを試してみてほしい。日常会話が
ある程度できる様になって来たら、早い段階で実践しだすことを
オススメする。自分の様に、長い間このArticulationを意識せず
会話をしてくると、あとでツケが回ってくると思う。
自分ももっと早くに実践していたらなあと、思う。
「Articulation上達法」へ進む
2009年12月22日火曜日
「Articulation skill」の重要性 --- Part.2
「Articulation skill」の重要性 --- Part.1に戻る
Part.2は、なぜこの「Articulation Skill」が、海外で働く
上で重要であると自分が思うかを掘り下げてみたい。
まずはこんな経験を披露してみる。
仕事をする上で、過去の仕事の経験等から、自分が認めて
もらっている分野がいくつかある。例えばその分野が必要な
新しいプロジェクトが入れば、自分が相談を受けるといった
分野である。
そんななか、その分野が必要なプロジェクトに参加していた
際に、どのミーティングに参加しても自分の意見が無視される
といった経験をした。
このプロジェクトのセッティングとしては、自分の他に、同僚の
Aという存在があった。
この項目は、書き方を間違えるとAに対する愚痴に聞こえてしまう
可能性があるのだが、状況分析の為の例ととらえてほしい。
その仕事の中でのミーティングにおける会話はこんな感じである。
上司: 「で、〜についてはどう思う?どういった手法が
ベストであろうか?」
A: 「〜の方法や、〜の方法がある。」
上司: 「うん、そうか!確かにその通りだ。それは良いアイディアだ。」
自分: 「〜の方法や、〜の方法もある。こういった方法もうまくいった。」
上司: 「...」
上司: 「それでA、お前の手法についてだが、〜、〜。」
このプロジェクトにおいては、このような感じのミーティングが
自分にとって数多くあった。そして、議題は自分の過去の経験や
プロジェクトにおける実績のある分野にもかかわらずである。
ひどい場合、それでも食いついて意見をしていくと、仮に正しい
有用な意見を言っていたとしても、自分が煙たく扱われる場合さえ
ある。実際に、こういった場面に出っくわすとかなりきついし、
こたえる。いままでの自分の経験はどうなったのだ?とも思いたく
もなる。
もう分かるかもしれないが、このAと自分では、Articulation Skill
にかなり差があったのである。Aは自分の同僚の中で、このスキルが
抜群に優れていると思う。
当たり前のことかもしれないが、人は「正しい」意見より、
「正しく聞こえる」意見を聞く。人によっては「正しく聞こえる」
意見から「正しい」意見を見分けられる人もいるかもしれないが、
例えば上司がその人の専門ではない知識を部下に求めている場合は、
その見分けは難しく、やはり正しく聞こえる意見を聞くであろう。
さて、ここまでキツい状況は極端な例ではあるが、Articulation Skill
の重要さを自分が実感した良い例である。さらに極端な場合は、
仮にAが間違った意見を言っていたとしても、状況は変わらなかった。
これは正直キツい。「あの人がものを言うと、何を言っても正しく
聞こえる」という人に出会ったことがある人はいるのではないだろうか?
このように、正しいことを言っているはずなのに、議論において
負けることを経験すると、このArticulation Skillの必要性
にいやでも気づく。
自分の場合、一度のミーティングで数回このような場面に出くわ
すと、解決の足しになる経験のある人の意見を聞きたくないのなら
じゃあいいよ(大人げない。。。)、と意見をする気をなくしていた。
(これをおまえはミーティング中にフリーズすると親友や、
マネージャーに怒られる。)
そして、以前はそのArticulation Skillのある人を煙たく思ったり、
なぜ自分の意見を聞いてくれないのか、さらには間違った意見でさえ
正しいように言う方が悪い(これは実際にいかんが。。。)、などと
自分の意見を聞かない人のせいにしていた。
さて、ここで親友に一度ガツンと言われたことがある。ミーティングに
おいて、正しい意見を言い、チームをあるべく方向に導くのはリーダー
としての仕事だろう。もうそういった責任が有る以上は自分一人の
仕事ではないのだから、フリーズは許されないと。
その通りである。しかし正直、同時にその意見は「キツいなあ」とも
思った。自分なりに簡単にあきらめていたわけではないからである。
発言の仕方を色々工夫したり、Aの発言方法を見習ったり、
マネージャーに意見を聞いたり、いろいろ試したのだが、その
プロジェクトはどうしてもミーティングにおいてAの意見に
競り勝てなかった。
これはその人のArticulation Skillが極めて高かったのもあると思うし、
そのプロジェクトのその上のリーダーがそういった性格、能力を評価
し過ぎたというのもあるかもしれない。しかし、理由はどうであれ、
そのプロジェクトにおいては自分はリーダーとして失格である。
さきにも書いたが、このプロジェクトは極めて極端なケースでは
ある。全てのプロジェクト、ミーティングがここまで難易度が
高いわけではないし、ここまで競争が激しいわけでもない。
いまの自分のArticulation Skillでも通常は発言できるのだが、
こういったシビアな状況があるという事を経験できたのは、その
プロジェクトに参加した事による一番の収穫だったかもしれない。
さらには、想像するに、ポジションがより上がればもっとこういう
状況はより増えるであろう。
ちなみに、ポジションがうえであれば、うえであるほど、みんな
このArticulation Skillにかなり長けている。さらにはそこまで
上がった人々は、みな社内政治、自己アピールのスキルにも長け
ている。これからはさらに、こういった人々とミーティングを
重ねていかなくてはならないし、意見が対立した場合、議論に
勝たなくてはならない状況もある。
結局、原因は、自分のArticulation Skillの低さにあったと
思う。英語は日本人にとって第二外国語であるから難しいのは
当然だが、それももう責任が有る以上は言い訳にはならない。
仮にこういったシビアなミーティングにおいても、きちんと
プロジェクトをうまくまわす為に必要な意見を、人々に「聞かせる」
Articulation Skillを覚えなくてはならない。
最後に、いままで10年ほど、自分は英語圏における
コニュミケーション能力や生活能力を上げる為に、私生活を含め
意識的に外国人のみと生活をしてきた。にも関わらず、この
Articulation Skillの重要性に気がついたのは比較的最近である。
上のような悔しい思いをしないと気づかないからかもしれない。
また、日常生活を、何年も英語で外国人とのみしているだけでは、
苦手な人にとっては上の例のようなシビアなミーティングで、
満足いくようなArticulation Skillは身に付かなかった。
つまり、自分の様に苦手な人は、意識的にそれを上達させて
いかないと身につかないと思う。
Part.3は、上達の活路を見出す為に、英語における
Articulation skillとは、具体的にどういうスキルかを、
自分なりの定義で掘り下げてみたい。
「Articulation skill」の重要性 --- Part.3へ
Part.2は、なぜこの「Articulation Skill」が、海外で働く
上で重要であると自分が思うかを掘り下げてみたい。
まずはこんな経験を披露してみる。
仕事をする上で、過去の仕事の経験等から、自分が認めて
もらっている分野がいくつかある。例えばその分野が必要な
新しいプロジェクトが入れば、自分が相談を受けるといった
分野である。
そんななか、その分野が必要なプロジェクトに参加していた
際に、どのミーティングに参加しても自分の意見が無視される
といった経験をした。
このプロジェクトのセッティングとしては、自分の他に、同僚の
Aという存在があった。
この項目は、書き方を間違えるとAに対する愚痴に聞こえてしまう
可能性があるのだが、状況分析の為の例ととらえてほしい。
その仕事の中でのミーティングにおける会話はこんな感じである。
上司: 「で、〜についてはどう思う?どういった手法が
ベストであろうか?」
A: 「〜の方法や、〜の方法がある。」
上司: 「うん、そうか!確かにその通りだ。それは良いアイディアだ。」
自分: 「〜の方法や、〜の方法もある。こういった方法もうまくいった。」
上司: 「...」
上司: 「それでA、お前の手法についてだが、〜、〜。」
このプロジェクトにおいては、このような感じのミーティングが
自分にとって数多くあった。そして、議題は自分の過去の経験や
プロジェクトにおける実績のある分野にもかかわらずである。
ひどい場合、それでも食いついて意見をしていくと、仮に正しい
有用な意見を言っていたとしても、自分が煙たく扱われる場合さえ
ある。実際に、こういった場面に出っくわすとかなりきついし、
こたえる。いままでの自分の経験はどうなったのだ?とも思いたく
もなる。
もう分かるかもしれないが、このAと自分では、Articulation Skill
にかなり差があったのである。Aは自分の同僚の中で、このスキルが
抜群に優れていると思う。
当たり前のことかもしれないが、人は「正しい」意見より、
「正しく聞こえる」意見を聞く。人によっては「正しく聞こえる」
意見から「正しい」意見を見分けられる人もいるかもしれないが、
例えば上司がその人の専門ではない知識を部下に求めている場合は、
その見分けは難しく、やはり正しく聞こえる意見を聞くであろう。
さて、ここまでキツい状況は極端な例ではあるが、Articulation Skill
の重要さを自分が実感した良い例である。さらに極端な場合は、
仮にAが間違った意見を言っていたとしても、状況は変わらなかった。
これは正直キツい。「あの人がものを言うと、何を言っても正しく
聞こえる」という人に出会ったことがある人はいるのではないだろうか?
このように、正しいことを言っているはずなのに、議論において
負けることを経験すると、このArticulation Skillの必要性
にいやでも気づく。
自分の場合、一度のミーティングで数回このような場面に出くわ
すと、解決の足しになる経験のある人の意見を聞きたくないのなら
じゃあいいよ(大人げない。。。)、と意見をする気をなくしていた。
(これをおまえはミーティング中にフリーズすると親友や、
マネージャーに怒られる。)
そして、以前はそのArticulation Skillのある人を煙たく思ったり、
なぜ自分の意見を聞いてくれないのか、さらには間違った意見でさえ
正しいように言う方が悪い(これは実際にいかんが。。。)、などと
自分の意見を聞かない人のせいにしていた。
さて、ここで親友に一度ガツンと言われたことがある。ミーティングに
おいて、正しい意見を言い、チームをあるべく方向に導くのはリーダー
としての仕事だろう。もうそういった責任が有る以上は自分一人の
仕事ではないのだから、フリーズは許されないと。
その通りである。しかし正直、同時にその意見は「キツいなあ」とも
思った。自分なりに簡単にあきらめていたわけではないからである。
発言の仕方を色々工夫したり、Aの発言方法を見習ったり、
マネージャーに意見を聞いたり、いろいろ試したのだが、その
プロジェクトはどうしてもミーティングにおいてAの意見に
競り勝てなかった。
これはその人のArticulation Skillが極めて高かったのもあると思うし、
そのプロジェクトのその上のリーダーがそういった性格、能力を評価
し過ぎたというのもあるかもしれない。しかし、理由はどうであれ、
そのプロジェクトにおいては自分はリーダーとして失格である。
さきにも書いたが、このプロジェクトは極めて極端なケースでは
ある。全てのプロジェクト、ミーティングがここまで難易度が
高いわけではないし、ここまで競争が激しいわけでもない。
いまの自分のArticulation Skillでも通常は発言できるのだが、
こういったシビアな状況があるという事を経験できたのは、その
プロジェクトに参加した事による一番の収穫だったかもしれない。
さらには、想像するに、ポジションがより上がればもっとこういう
状況はより増えるであろう。
ちなみに、ポジションがうえであれば、うえであるほど、みんな
このArticulation Skillにかなり長けている。さらにはそこまで
上がった人々は、みな社内政治、自己アピールのスキルにも長け
ている。これからはさらに、こういった人々とミーティングを
重ねていかなくてはならないし、意見が対立した場合、議論に
勝たなくてはならない状況もある。
結局、原因は、自分のArticulation Skillの低さにあったと
思う。英語は日本人にとって第二外国語であるから難しいのは
当然だが、それももう責任が有る以上は言い訳にはならない。
仮にこういったシビアなミーティングにおいても、きちんと
プロジェクトをうまくまわす為に必要な意見を、人々に「聞かせる」
Articulation Skillを覚えなくてはならない。
最後に、いままで10年ほど、自分は英語圏における
コニュミケーション能力や生活能力を上げる為に、私生活を含め
意識的に外国人のみと生活をしてきた。にも関わらず、この
Articulation Skillの重要性に気がついたのは比較的最近である。
上のような悔しい思いをしないと気づかないからかもしれない。
また、日常生活を、何年も英語で外国人とのみしているだけでは、
苦手な人にとっては上の例のようなシビアなミーティングで、
満足いくようなArticulation Skillは身に付かなかった。
つまり、自分の様に苦手な人は、意識的にそれを上達させて
いかないと身につかないと思う。
Part.3は、上達の活路を見出す為に、英語における
Articulation skillとは、具体的にどういうスキルかを、
自分なりの定義で掘り下げてみたい。
「Articulation skill」の重要性 --- Part.3へ
2009年12月3日木曜日
「Articulation skill」の重要性 --- Part.1
いま自分の中で旬な英単語がある。
「Articulate」という単語をご存知だろうか?
自分は、ここ数年まで、接する事のない単語であった。
面白い事に、日本語にはこれに相当する単語が無い。
辞書を引くとこんな感じである。
* 英語:
Expressing oneself easily in clear and effective language
(http://www.thefreedictionary.com/articulating)
* 日本語:
〈考え・感情などを〉明瞭、効果的に表現する.
(http://ejje.weblio.jp/content/articulate)
* 自分なりの、今の生活環境にあった定義はこんな感じであると思う:
「自分のその場で思い浮かぶ考えを、瞬時に、簡潔に、誤解無く、説得力をもって、表現する」
である。
この「Articulation skill」、こっちの環境で仕事を
経験すればするほど、重要になってくる。特にこのブログ
のテーマの一つでもある、国際環境におけるリーダーシップ
においては、無いと致命傷とも言えると思う。
このことに気づくのが自分はちょっと遅かった。もっと
はやく気づきたかった。この項目を書く事により、いつか
どこかで誰かが、自分と同じことを目指した場合、自分より
早いタイミングで気づいてくれると、うれしい。
英語におけるArticulation skill、最近マネージャー
に頻繁に言われる、リーダーを目指す上で、自分が不得意で、
磨くべくスキルである。
もちろん、英語においてのコミュニケーションの時のみ
の話ではない。ただ、その重要性が、ここのカルチャーでは
さらに増すと思う。
「オバマ大統領の演説を見れば誰でもそれが重要な
ことぐらいわかるだろう?」
「そんな事はよく一般的に言われていることではないか?」
と突っ込まれそうだが、思うにこの話はもっと奥が深い。
このArticulationの話、もう1ヶ月ほど書いているのだが
いまいち表現したい事がまとまらない(文章におけるArticulate
ができていない?(笑))。書けば書くほど、書きたい事が増える。
なので細かくパートにわけ、沢山書いて行こうと思う。
Part.1は、Articulationの定義、および問題提起に
とどめておく。
Part.2は、自分の経験から、具体例を通して、なぜこれほど
に重要と感じるかを書きたいと思う。
「Articulation skill」の重要性 --- Part.2へ
「Articulate」という単語をご存知だろうか?
自分は、ここ数年まで、接する事のない単語であった。
面白い事に、日本語にはこれに相当する単語が無い。
辞書を引くとこんな感じである。
* 英語:
Expressing oneself easily in clear and effective language
(http://www.thefreedictionary.com/articulating)
* 日本語:
〈考え・感情などを〉明瞭、効果的に表現する.
(http://ejje.weblio.jp/content/articulate)
* 自分なりの、今の生活環境にあった定義はこんな感じであると思う:
「自分のその場で思い浮かぶ考えを、瞬時に、簡潔に、誤解無く、説得力をもって、表現する」
である。
この「Articulation skill」、こっちの環境で仕事を
経験すればするほど、重要になってくる。特にこのブログ
のテーマの一つでもある、国際環境におけるリーダーシップ
においては、無いと致命傷とも言えると思う。
このことに気づくのが自分はちょっと遅かった。もっと
はやく気づきたかった。この項目を書く事により、いつか
どこかで誰かが、自分と同じことを目指した場合、自分より
早いタイミングで気づいてくれると、うれしい。
英語におけるArticulation skill、最近マネージャー
に頻繁に言われる、リーダーを目指す上で、自分が不得意で、
磨くべくスキルである。
もちろん、英語においてのコミュニケーションの時のみ
の話ではない。ただ、その重要性が、ここのカルチャーでは
さらに増すと思う。
「オバマ大統領の演説を見れば誰でもそれが重要な
ことぐらいわかるだろう?」
「そんな事はよく一般的に言われていることではないか?」
と突っ込まれそうだが、思うにこの話はもっと奥が深い。
このArticulationの話、もう1ヶ月ほど書いているのだが
いまいち表現したい事がまとまらない(文章におけるArticulate
ができていない?(笑))。書けば書くほど、書きたい事が増える。
なので細かくパートにわけ、沢山書いて行こうと思う。
Part.1は、Articulationの定義、および問題提起に
とどめておく。
Part.2は、自分の経験から、具体例を通して、なぜこれほど
に重要と感じるかを書きたいと思う。
「Articulation skill」の重要性 --- Part.2へ
2009年3月6日金曜日
リーダーシップに要求される英語力
読み物タイトル「日本人にとって、いち外国人として組織を
率いるのが難しい理由」に戻る
読み物タイトルでちょこっと述べたように、日本人が外国の
組織を率いるのがニガテな理由の一つに、やはり
英語という要素が多いにあるのは間違いないと思う。
この読み物の趣旨は、この想像しやすい英語という理由と
は別の、あまり一般的に認知されていない様々な理由を書いて
いきたいのだが、この項目の一つ目の書き物なので、あえて
王道の英語がなぜ難しいかというのを書いてみたい。
よくアメリカで見る組織のリーダーなどの求人情報
には、必ず条件として"excellent communication
skills"(ずば抜けたコミュニケーション能力)と
表記されている。これを初めて見た時は、「その
職でコミュニケーションが良くできなくてはいけない
のはあたりまえだろ」と思った。
これは日本語に当てはめれば想像がつく。たとえば会社の
幹部の人が、交渉や、ミーティングで、難しいコミュニ
ケーションをあまり把握できていないとしたら。もしも
ミーティングでクライアントの言った表現やニュアンスが
難しいのに、ミーティングの責任者が把握しきれて
いなかったら、これは大変であろう。
しかし今考えると、実際に、どうして、そしてどれくらい
英語のコミュニケーション能力がexcellentではなくては
いけないかは想像できていなかった。当時の自分に、
「じゃあ当たり前と思うなら、どのくらいなコミュニ
ケーションの能力が必要か言ってみろ」と誰かに言われて
いたら、「んんん,それは...」と答えられていなかった
と思う。
つまり、リーダーには"excellent communication
skills"が必要といろいろな所で言われ、当然のことの
様に思えるのだが、実際にはどれだけ難しい事かが自分
には全く分っていなかったのである。
一言で言うと、外国人の組織においてリーダーになる
ためには、母国語が英語である国の人より、英語がうまく
なくてはいけないのである。
これも日本に当てはめてみれば分かりやすいのだが、
組織のリーダーたるものは、若かったり、表現力がまだ幼い
チームメイトのコミュニケーションを補ってあげるのも
仕事の一部なのである。
母国語が英語であるひとでも、説明が得意な人もいれば
苦手な人もいる。または、人前で説明が苦手な人もいれば、
若いアメリカ人など、英語の理解能力がまだ比較的幼い
人もいる。
そういったチームメイトがたとえばミーティングで誰かに
指示や説明をされたとする。そして、その人が100%内容を
理解していない場合、その人の代わりに理解し、それを彼に
分かりやすく説明してあげるのはリーダーの責任である。
つまり、アメリカ人の理解できなかった英語を、自分が拾い、
補い、後で分かりやすく英語で説明してあげなくてはいけ
ないのである。
逆の例もある。
例えば会議でチームメイトが何かを説明し、その人が説明が
あまり得意ではないときはそれがうまく伝わらないことがある。
するとそのチームメイトの伝えたい事を、その場の彼の少々
表現が足りない説明から把握し、それをミーティング参加者に
代わりに分かりやすく説明し直さなくてならないのもリーダー
の仕事である。
つまり、英語が母国語の人が表現足らずで説明し、さらには
英語が母国語の人が理解できなかった内容を、リーダーは
同じ条件で彼らよりも理解し、よりうまい表現で英語で
説明し直さなくてはならないわけである。
難易度はさらにあがる。
通常の会話が難なく話せるひとでも、人前や、大勢の
人数の前では説明が苦手な人は沢山いる。これは母国語が
英語であろうが無かろうが関係ない。プレゼン、パブリック
スピーキングのスキルである。そして、たとえばミーティング
で自分のチームメイトがグループに何かを説明しようとするの
だが、プレゼンが苦手だとする。もう同じパターンだが、
この場合、リーダーは彼の代わりによりうまい英語の
パブリックスピーキングで代打をしなくてはいけないの
である。
これらの例をまとめると、外国人の組織で求められる
リーダーの英語のスキルは、英語が母国語の国の人より、
英語における会話の:
表現力、理解力、説得力、そしてプレゼン力が
長けていなくてはいけないのである。
これは正直かなり難しい...
これは英語が母国語ではない我々日本人に、いつか達成
できるゴールですら無いかもしれないが、少なくとも、
求められるものが把握さえできれば、それに向ってスキル
アップを試みる事はできる。
外国の組織の中でリーダーを目指す為には、まずは要求される
英語力を把握し、次にそれを目指す事が我々にできる事では
ないかと思う。その難易度を理解し、目指す所を決めることが
現実的な第一歩であると思う。
率いるのが難しい理由」に戻る
読み物タイトルでちょこっと述べたように、日本人が外国の
組織を率いるのがニガテな理由の一つに、やはり
英語という要素が多いにあるのは間違いないと思う。
この読み物の趣旨は、この想像しやすい英語という理由と
は別の、あまり一般的に認知されていない様々な理由を書いて
いきたいのだが、この項目の一つ目の書き物なので、あえて
王道の英語がなぜ難しいかというのを書いてみたい。
よくアメリカで見る組織のリーダーなどの求人情報
には、必ず条件として"excellent communication
skills"(ずば抜けたコミュニケーション能力)と
表記されている。これを初めて見た時は、「その
職でコミュニケーションが良くできなくてはいけない
のはあたりまえだろ」と思った。
これは日本語に当てはめれば想像がつく。たとえば会社の
幹部の人が、交渉や、ミーティングで、難しいコミュニ
ケーションをあまり把握できていないとしたら。もしも
ミーティングでクライアントの言った表現やニュアンスが
難しいのに、ミーティングの責任者が把握しきれて
いなかったら、これは大変であろう。
しかし今考えると、実際に、どうして、そしてどれくらい
英語のコミュニケーション能力がexcellentではなくては
いけないかは想像できていなかった。当時の自分に、
「じゃあ当たり前と思うなら、どのくらいなコミュニ
ケーションの能力が必要か言ってみろ」と誰かに言われて
いたら、「んんん,それは...」と答えられていなかった
と思う。
つまり、リーダーには"excellent communication
skills"が必要といろいろな所で言われ、当然のことの
様に思えるのだが、実際にはどれだけ難しい事かが自分
には全く分っていなかったのである。
一言で言うと、外国人の組織においてリーダーになる
ためには、母国語が英語である国の人より、英語がうまく
なくてはいけないのである。
これも日本に当てはめてみれば分かりやすいのだが、
組織のリーダーたるものは、若かったり、表現力がまだ幼い
チームメイトのコミュニケーションを補ってあげるのも
仕事の一部なのである。
母国語が英語であるひとでも、説明が得意な人もいれば
苦手な人もいる。または、人前で説明が苦手な人もいれば、
若いアメリカ人など、英語の理解能力がまだ比較的幼い
人もいる。
そういったチームメイトがたとえばミーティングで誰かに
指示や説明をされたとする。そして、その人が100%内容を
理解していない場合、その人の代わりに理解し、それを彼に
分かりやすく説明してあげるのはリーダーの責任である。
つまり、アメリカ人の理解できなかった英語を、自分が拾い、
補い、後で分かりやすく英語で説明してあげなくてはいけ
ないのである。
逆の例もある。
例えば会議でチームメイトが何かを説明し、その人が説明が
あまり得意ではないときはそれがうまく伝わらないことがある。
するとそのチームメイトの伝えたい事を、その場の彼の少々
表現が足りない説明から把握し、それをミーティング参加者に
代わりに分かりやすく説明し直さなくてならないのもリーダー
の仕事である。
つまり、英語が母国語の人が表現足らずで説明し、さらには
英語が母国語の人が理解できなかった内容を、リーダーは
同じ条件で彼らよりも理解し、よりうまい表現で英語で
説明し直さなくてはならないわけである。
難易度はさらにあがる。
通常の会話が難なく話せるひとでも、人前や、大勢の
人数の前では説明が苦手な人は沢山いる。これは母国語が
英語であろうが無かろうが関係ない。プレゼン、パブリック
スピーキングのスキルである。そして、たとえばミーティング
で自分のチームメイトがグループに何かを説明しようとするの
だが、プレゼンが苦手だとする。もう同じパターンだが、
この場合、リーダーは彼の代わりによりうまい英語の
パブリックスピーキングで代打をしなくてはいけないの
である。
これらの例をまとめると、外国人の組織で求められる
リーダーの英語のスキルは、英語が母国語の国の人より、
英語における会話の:
表現力、理解力、説得力、そしてプレゼン力が
長けていなくてはいけないのである。
これは正直かなり難しい...
これは英語が母国語ではない我々日本人に、いつか達成
できるゴールですら無いかもしれないが、少なくとも、
求められるものが把握さえできれば、それに向ってスキル
アップを試みる事はできる。
外国の組織の中でリーダーを目指す為には、まずは要求される
英語力を把握し、次にそれを目指す事が我々にできる事では
ないかと思う。その難易度を理解し、目指す所を決めることが
現実的な第一歩であると思う。
2009年3月3日火曜日
[読み物タイトル] 日本人にとって、いち外国人として組織を率いるのが難しい理由
なぜ日本人は外国がニガテか? 〜問題提起でも書いたが、
日本人は国際的に何をしても優秀であると思う。
そんななか、いろいろな能力に長け、国内には沢山のリーダーが
いる中、いち外国人として、その環境で上に立つような日本出身の
リーダーの存在がもっといてもよいような気がする。
別の言い方をすると、良い意味での日本びいきの無い環境に
おいて、我々はリーダーシップを発揮する事が苦手なのでは
ないだろうか。
もちろん、英語という言語の壁が大きいのは言うまでもない。
しかし、今の時代英語が話せる日本人は結構おり、英語だけが
理由では無いような気がしてならない。
自分が外国で日々試行錯誤するなか、我々日本人にとってむずか
しく、克服していかなくてはならないことを発見するたびに
書いていきたいと思う。
より国際環境が身近になって来ている今こそ、こんなテーマを
考えてみたい。
「リーダーシップに要求される英語力」へ進む
日本人は国際的に何をしても優秀であると思う。
そんななか、いろいろな能力に長け、国内には沢山のリーダーが
いる中、いち外国人として、その環境で上に立つような日本出身の
リーダーの存在がもっといてもよいような気がする。
別の言い方をすると、良い意味での日本びいきの無い環境に
おいて、我々はリーダーシップを発揮する事が苦手なのでは
ないだろうか。
もちろん、英語という言語の壁が大きいのは言うまでもない。
しかし、今の時代英語が話せる日本人は結構おり、英語だけが
理由では無いような気がしてならない。
自分が外国で日々試行錯誤するなか、我々日本人にとってむずか
しく、克服していかなくてはならないことを発見するたびに
書いていきたいと思う。
より国際環境が身近になって来ている今こそ、こんなテーマを
考えてみたい。
「リーダーシップに要求される英語力」へ進む
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