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2014年4月1日火曜日

英語におけるうまい相手のいじり方

ずばりうまい英語の雑談とはのリストのなかの(6)番目、英語で「相手をいじる」というのがどんな感じかがよくわかる例を見つけたので紹介したい。

下のリンクの16:24あたりから、Drogo役のJason Momoaをどうやって見つけたかという話をしている。話しているのはGame of Thronesのshowrunner(テレビドラマの脚本家/責任者)の一人のDavid Benioffなのだが、16:54あたりの彼のJasonに対するいじり方がすばらしい。

まず予備知識として、

-Jasonは今までそれほど有名な俳優じゃなかったこと。
-Baywatchというドラマに出ていたこと。
-Baywatchとはアメリカのドラマで、ライフガードが水着でビーチを走り回っているイメージぐらいしかないような、よく会話の中の冗談で使われるドラマ(Baywatchファンがいたらごめんなさい。Baywatchのサンプルhttp://www.youtube.com/watch?v=Z9UPh7KKyfs)。

それでは本題に。


会話の流れとしてはこんな感じである。

David:「ところで、このタイミングでファンにここで感謝したい」
David:「Drogo役をずっと探していて、どうしても見つからなかった」
David: 「ファンがドラマの役を薦めるメッセージボードがあるんだけど、そこのDrogo役のところをみた」
David:「そのなかでJasonが薦められていて」
David:「すまないけど、そのときJasonのことは名前すら聞いたことがなかった」
(会場が笑う)
Jason: 「いやいや。」
(会場から誰かが何かを叫ぶ。おそらく知らなかったと言われたJasonをサポートするコメント)
Jason: (ありがとうみたいなジュスチャー)

そして次のDavidのコメントが絶妙で、

David: 「(みんながあたかも観ているかのように)そのうえ俺はここんとこBaywatchを観てなかったから("I haven't kept up on my Baywatch, but")」

(会場大爆笑)

Jason:(笑いながら中指をDavidに対して立てる)

この"I haven't kept up on~"というのは、よくみんなの話題のドラマなどを見てないことに対する言い訳で使う。例えばドラマの"24"が流行っていたときに、会話の中で「ああ〜俺"24"ここんところ見てないわ。」みたいな感じに使う表現である。

つまり「あのドラマじゃ観たこと無くてもしょうがないでしょ」と言う代わりに、みんなにいけてないドラマであるという共通認識のBaywatchに出ていたJasonを、あたかも大人気のドラマを語るような表現で皮肉って「悪い、Jason、Baywatchここんとこみてね〜や」、だから知らなかったといじっている訳である。

日本の感覚からしたら捉え方によればBaywatchとそれに出ていたJasonを小馬鹿にしている訳だけど、観客の反応から分かるようにこれぐらいはここでは面白いいじり方に入る。しかもこんな会場で大勢のファンを前にして、showrunnerが発言しているのである。

そして、話のうまいひとは多くがこんな感じのいじりを会話の中で使っている。このDavid Benioffも、そこまでコメディックな人ではなく、基本はshowrunnerとしてまじめな受け答えをする人なのだが、このように所々絶妙なタイミングで笑いを織り交ぜるところに、彼のコミュニケーション力の高さを感じる。

今回は例だけだが、いずれ「英語におけるうまい相手のいじり方」のノウハウも書こうと思う。


2014年3月31日月曜日

"Sense of Humor", "Wit"を身につけよう

ずばりうまい英語の雑談とはHe's funny?で書いたように"Sense of Humor"(ユーモア)、 "Wit"(ウィット(ウィットに富んだ))は社交性、雑談のなかでかなり重要な要素である。

欧米文化に限ったことではないが、特にここではこの"Sense of Humor"、"Wit"はかなりプラスのものとしてとらえられている。社交の場、雑談などで用いることはもちろんのこと、シリアスになりがちな仕事の話や、面接中の重い空気を和ませる効果があるし、プレゼンやミーティングの中でも重宝する。まじめな話をしていても"Sense of Humor", "Wit"をうまく織り込めるのは、よりうまいコミュニケーションと言えるだろう。

さらには初対面の人と距離を縮める力があったり、誰かと喧嘩をしているときでさえ"Sense of Humor"、"Wit"は関係を改善する効果さえある。とにかく現代のコミュニケーションには必要不可欠でさえあると自分は思う。

もうちょっとくだけた感じの定義は、"Sense of Humor"のある人、"Witty"な人は"Cool"であるぐらいの捉え方で良いと思う。

urbandictionary.com (*) によると、"witty"とは

"Being clever and funny, making funny quips off the top of your head. Witty people are clever and cool. Hang out with them."

"He is so witty... I think I am in love."

(http://www.urbandictionary.com/define.php?term=witty)

などとべた褒めである。まあソースとしてどうなのかという意見はあるかもしれないが、こういうことに関してはurbandictionaryは実社会での一番ストレートな意見も聞ける。urbandictionaryがクールといっているのならクールなのである(笑)。

まあそれは半分冗談として、"Sense of humor"と"Wit"はともに人間関係において男女ともに相手に求める性格に含まれることが多い。"Sense of humor"があり"Witty"な人は、友達部門でも、恋人部門でも人気が高いのである(笑)。

また、He's funny?で書いた"Sense of Humor/Wit"と"Clowning Around"の違いも大事なので参照してほしい。

さて、誤解の無いようにあらかじめ書いておくと、我々日本人にとって、欧米スタイルの"Sense of humor"、"Wit"は慣れるのに時間がかかる。またそれの習得も結構時間がかかる。

ただ、長いこと試行錯誤してくると"Sense of humor"、"Wit"にもフォーマットがあり、習得の方法論もあることに気づく。このカテゴリーでは自分が発見、及び実践してきたものを紹介していきたい。

(*) urbandictionary.comとは、ユーザーが編集できるオンライン辞書の一つで、表現の規制がかなり緩いためWikipediaの「人間の本性版」(?)みたいなものである。提出される定義がユーザーの評価の高い順に並ぶため、上位にリストアップされるものは要は一般人が体裁を気にしなかったときに「ああなっとく」と思うような定義が掲載される。


2013年10月7日月曜日

He's funny?

このブログのテーマの一つである英語における社交性において、ユーモアは大きな要素であると思う。特に欧米文化では"Sense of Humor"は色々なところで必要であり、家族、友人関係、恋愛、仕事、と、ユーモアが大事な場面は数多くある。パーティーなどで面白い話題を提供し、人を笑わせられる人をみて、いいなあと思ったことがある人はいるのではないだろうか。

さて、誰かが"He's funny"(あの人は面白い)といった表現をしたとき、対象のひとにどういったイメージを抱くだろうか?自分のなかではこの"He's funny"という表現には大きく分けて二つのパターンがある。

一つ目はうまい話術によって人を笑わせるスタイル、そしてもう一つが自分のことを面白く見せて笑いを誘うスタイル。

自分の理想を言うと、基本はこの前者の話術によるコミュニケーション、そして話の流れの中で必要なところに後者のスタイルをスパイスとしてちりばめるといったのがうまいコミュニケーションだと思う。

たとえば最近の流行どころではPeter Dinklageなどがうまい。

0:56:30-0:57:45など。ちなみにこれはうまいストーリーテリングのすごく良い例でもあり、ストーリーテリングを練習してみたい人はこれを何度か聞いて、話の筋を覚えたら友達にお願いしてアドリブで自分でこの話をしてみる。するとストーリーテリングの難しさが分かると同時に、良い練習にもなる。)

逆に面白く見せるほうだけを極端に行うとこのようなイメージになる。


どちらのケースも場に笑いが起こり、"He's funny"という表現を使うであろうが、二つには大きな違いがあり、使うスキルも違う。

「後者なんかやらねーよ」、と突っ込まれそうだが、ちょっと考えてみる。例えば不自然な日本語英語や日本文化をネタにした(侍、すし、ポケモンなど)自虐的ジョーク、これらは自分を面白く見せて笑いを誘うスタイルの日本人バージョンだと思う。自分も含め、海外で雑談中に面白く振る舞おうとすると、日本人が意外にやりがちで、このスタイルに傾倒しがちであることを少し意識しておいた方が良い。

もちろんこういったジョークもスパイスとして使うのは良いが、それを主体にしない方が良い。Dinklageのストーリーテリングの最中にも二度ほどそういった顔芸、体芸、声芸が入っているが、みんな話の流れの中でスパイス程度に使っているのがポイントである。

さらにこの自分を面白く見せるスタイルのジョークは、長期的に見るといくつか注意したほうが良い点がある。まず、このスタイルのほうが行うのに敷居が低いこと、そしてこの類いのジョークを使い慣れてしまうと、社交的にもなり、友達もできるので、そのスタイルにより依存するようになる。

しかしこのコミュニケーションにはArticulationストーリーテリングアドリブSense of humorといった要素があまり必要ではないため、いくらやっても人を惹きつけるような話術は身に付かない。

そして、同じ"He's funny"と言われる場合でも、この二つのタイプのコミュニケーションでは、表面的には笑いを提供し周りの人を楽しませるという意味で一緒だが、その根底にある相手に発信しているメッセージがまったく違うのである。

いつものごとく友達の外国人数人にこの二つの印象を対比して聞いてみた。

「話術、ストーリーテリングで笑わせる」

子供はまねしない。
自分も習得したいスキル。
友達として楽しそう。
賢く見える。
このスキルのある人に対してリスペクトの念がある。
彼氏に持っていてほしいスキル。

「自分を面白く見せる」

子供がまねをする。
グループの中にそういう人がいると楽しいが、自分がまねをしたいとは思わない。
友達になりたい。
楽しい気分の時はつるみたいが毎回は辛いかも。
まじめにとれない。
自分の女友達に彼氏として紹介するときは少し控えてほしい。

英語にするとより明白で、前者は"Witty"または"Have a good sense of humor"と言われ、プラスイメージ、後者は"Clown around"と言われ、どちらかというとマイナスイメージである。特に他人が行っている場合は両者とも"He's funny"で片付くが、本人がそれをやるかと聞いてみると後者は酔っぱらっているときならね、と茶化される。

逆に"Witty""Have a good sense of humor"の方は巧みな話術、Articulation、ストーリーテリングやクールさなどが必要であり、これらを習得すれば仕事のミーティングにも、プレゼンにも、パーティーでの雑談にも応用がきく。そしてよりリスペクトされるのも、異性にモテるのも(笑)、ひとを「笑わせる」ことのできるコミュニケーション力である。

さてこの"Wit""Good sense of humor"は一朝一夕には身に付かないため、英語における社交性を身につけようと思ったら早い段階から意識しだすと良いと思う。また、「自分を面白く見せる」コミュニーケーションを使える人も、平行して「笑わせる」話術も身につけていくのがベストだと思う。


次はDinklageのようなうまい話術のポイントや、自分が試行錯誤のなかで覚えてきたノウハウを紹介していきたいと思う。

2010年10月5日火曜日

ジャグジー、外国人の視点?

ずいぶん前にジャグジーにおける社交性で日本人の立場から、海外で
外国人とジャグジーで出くわした時の視点を書いたが、今日面白い事
を経験した。

つい先ほど、出張先のホテルのジャグジーにつかっていると、外国人
の二人組が後から入って来た。

まだ向こうは話をしていないため、英語がどの程度出来るのか、わから
ない状況なので、こちらから軽く挨拶をし、返事が来ると明らかにアク
セントがあった。英語は母国語ではないが、日常会話には不自由のない
程度の、ヨーロッパから観光で来ている二人組だった

自分がなぜ今出張に来ているのか、向こうがどこの国の出身か、自分の
もとルームメイトが彼らと出身が同じ話や、今日はどこの観光に行った
のか、や、自分は過去に住んでいた事があるのでどこが観光に良いか
等の小話をした。

小さいジャグジーで気まずい空気は嫌なのと、そこから会話が弾み、
ひょんなところで会った異国の人達なので、なにか面白い話ができる
かと思ったのだが、話してみた結果相手が会話に乗り気ではない事が
伝わって来た。

もちろんなにか変な態度を示されたとかでは全くないのだが、
いまいち食いつきがわるい。観光で来ていて、旅先で知り合った
人と、この町の話をするのはまあ無難かとおもったのだが、
「私たちはあまりあなたと話したくはないですよ」といった気まず
さが伝わってくる。

そんな感じだったので、無理強いはせず、会話を終わらせると、なんと
その一人が自分に背を向け友達と母国語で話し始めてしまった。。。

その後はむしろ自分がそこにいるのが居心地が悪くなったので、
少し浸かったら、"Have a good night"と笑顔で言ってさっと
出てきた。

よっぽど自分が相手が話したくなくなるような態度やしゃべり方
だったのであれば話が別だが(そうでないことを願う笑)、気まず
い空気の中、早くジャグジーを出たくなってしまうようなこの対応
には、正直良い気分はしなかった。

もう英語での雑談の向上を試みて長くなるが、そこで思ったのは、
自分がアメリカに来たばかりのころの社交性の無さは、外国人にこう
映っていたんだなあ、と思った。ここまで明らかに逆の立場に立った
ことが無かったため、特にジャグジーという自分の意識していた社交の
場での事だったので、すごくそれが実感できた。同時に、これからの
時代、とくに外国を仕事の場に選ぶ場合は、こういう事を意識する
日本人が増えてほしいなあ、とも勝手ながら思った。

また、ジャグジーの例を考えると、自分もアメリカに来たばかりの頃
と比べるとずいぶんSocial skillがついたんだなあと恥ずかしげも
なく(笑)今日思ったのだが、考えるとどこかで「どん」とうまく
なった覚えは無い。

つまり新しい外国語を覚えるのや、絵が描けるようになることと一緒
で、新しい文化での雑談の上達も、基本は続けることらしい。

もちろん英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.1でも書いた
が、雑談をしている「ふり」をするのであれば色々技がある。これも
必要な場合もあるし、まったく雑談に参加できないよりは第一ステップ
としては良いと思う。しかし本当に異文化での雑談を楽しめるように
なり、自分のメインテーマでもある国際環境で強いリーダーシップを
発揮するために必要と考える、本当の雑談スキルを得るのには、どう
やら辛抱強く長く続けるのが一番の近道らしい。

ただ、その最短の道を、興味のある方には自分の間違い、経験から
このブログで紹介し続けて行きたい。

2010年3月4日木曜日

パーティーに持っていく気の利いたプレゼント?

自分の考えるジェントルマンシップと海外での仕事の関係に
ついてはこちらを

欧米社会での社交性の重要性はこちらを見ていただきたい。


つい先日、仕事仲間の夫婦のホームパーティーに呼ばれた。

こんなとき、ちょっと気の利いたプレゼントを大人ぶってもって
いきたいと思ったことがあるのは自分だけではないだろう。

手っ取り早い策としては、アルコール、特にワインのボトル
かなんかを持って行くのが無難だが、それでは定番過ぎるから
いやだと考える自分は背伸びしすぎである(笑)。

このワインの、ちょっとひねったバージョンを以前友達に
教えてもらった事がある。その子は、アルコールはみんな持って
くるから、ちょっと気の利いたデザートを持って行くと、特に
パーティーを主催する人の奥さんなどがいる場合、ゲストにも
出せて喜んでくれると言っていた。

さて、今回は、もう上の技も使い過ぎて来たので、なんか他に良い
アイディアは無いかと考えていたところ、以前イギリス人の上司が、
同僚のパーティーに持って行ったプレゼントを思い出した。やはり
イギリス人はジェントルマンシップに長けているのであろうか?

よく考えると、自分の業界に、イギリス出身の上司が結構いる。
このブログでよく唱えている、ジェントルマンシップとリーダー
シップの関係も、あながち間違ってはいないのかもしれない。

話を戻すと、その上司は、数年前、今回と同じような設定で
同僚の夫婦のパーティーに参加していた。当時自分のもって
いったプレゼントは、もう察しがつくかもしれないが、ワインの
ボトルであった(苦笑)。そして、その時の上司の持っていった
プレゼントは、ちょいと気の利いたお洒落な植物であった。

そして、当時自分が関心したのは、そのプレゼントの選択だけ
ではなく、その上司は同僚の家につくと、まず同僚の男性と
握手をし、その植物は同僚の奥さんに、家のデコレーションに
つかってくださいと、渡していた。その様子を見ていて、
自分にはおもいつかね〜、と思ったのを覚えている。

さて、このブログ初の写真掲載である!


これが今回自分が持っていったパーティーギフトで、これに
リボン、そして小さなカードに、自分の名前を、
Significant Other(旦那、奥さん、彼氏、彼女の総称)がいる
場合は、"A & B"と二人の名前を入れ、完成である。

この植物をどのように同僚夫婦に渡したかは想像にお任せする(笑)。

ふりぐらいは少しサマになってきていることを願う、今日この頃
である。


「ジェントルマンリスト」に進む
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2009年9月27日日曜日

待ち時間における社交性の極意?

「ジャグジーにおける社交性」に戻る

つい先日、昼食を会社の隣にあるカフェで買っている
ときのことである。

自分はその日のオススメのタイ風カレーをテイクアウト
用にオーダした。その日はカフェが混んでおり、そういう
日はオーダーができるまで大体10分ほどかかる。

オーダーと清算を終え、番号札をもらい、あとはレジの
先で10分ほど待つ状況である。

そんななか、後ろからカフェに会社のプロデューサーが
一人で入ってくる。彼とは何度か仕事をしており、すれ
違い様に一言、二言、程度の雑談をかわす関係ではある。

また、プロデューサーという役職上、自分より年齢は結構上
で、つまり、彼とは仕事上の関係のみで、特に仕事の外で
つるんだり、社内でよく話をするほどの仲ではない。

自分の現在居る場所と、カフェの入り口、そしてオーダー
をする場所は少し離れており、彼が入って来た時点でお互
いの存在に気づいているかいないかは微妙なところである。

現時点での自分の社交性は、この彼と自分の仕事上の親し
さ、および今のカフェでの状況で、雑談をしたら良いか、
しなくても良いのか、と、迷う程度の段階である(恥)。

もう少しカフェでの状況を説明すると、いままですれ違い
様に通常一言、二言しか話さない程度の仕事の関係の相手
と、要は10分ほど待ち時間が一緒になるのである。

もっと条件を加える(笑)。そのカフェにはレジの先の
自分の待っている場所に、お土産屋がある。その周りに
は雑誌や土産やの商品など、オーダーの待ち時間をつぶ
す為のものがいろいろとある。そして、自分はその雑誌
を読んでいた。

さらには、そのプロデューサーは待ち時間つぶしの為か、
新聞を片手に持っていた。

つまり、その時の自分の頭の中の葛藤はこうである。

このまま、距離もあるし、親しい関係ではないので、気づ
かないふりをして自分は雑誌を読み続けよう。(どうせ彼
は新聞を読むだろうし)。正直、現在のお互いの関係上、
これがそこまで失礼にあたることはないような気がする。
しかし、そのあとに残るものは、自身の社交性の無さに
対する後悔、そしてお互いの存在には気づいてはいるの
に、話をしないあのびみょーな空気をつくってしまう。

それとも、顔見知りではあるので、それは失礼で、読んで
いる雑誌をやめ、彼がオーダーをすませたらアイコンタクト
をとり、10分の雑談に臨むか、である。しかし、
現時点の自分には、正直親しくない彼との10分間の
英語での雑談はつらい。

結局、自分の目指す所は後者のため、読んでいる雑誌を
横によけ、辛い道を選ぶ(笑)。

しかし、実際におこった事はこうであった。

まず挨拶を交わし、how are you? how's it going?
から入り、彼が自分のプロジェクトの事を聞き、一言、二言、
自分が説明し、逆に自分が彼の現在のプロジェクトのことを
聞き、一言、二言、説明が帰ってくる。10分の雑談など
ではなく、ただの挨拶の延長であった。

そして、なんとそのあとは、自分はさっき読んでいた雑誌
に戻り、彼は持っていた新聞を読み始める。驚いたことに
これが全く違和感が無かったのである。

結局、自分から相手の存在に気づき、現在やっている
ことを一時中断し、アイコンタクトをとり、挨拶程度の
雑談を交わす。その行為により、お互いまた自分の
読み物に戻っても失礼でもなく、違和感も無い。顔見
知りの同士の待ち時間に気まずい空気も流れなくなる。
とても社交性のある二人の大人の行動ではないか!!!(笑)

冗談はさておき、この出来事により気づいた事は
こうである。

こういった状況において、社交性のある大人としての行動を
することは、そんなにハードルが高くないという事である。

つまりは、あまり親しくない顔見知りの人が近くにいる、
長い待ち時間における社交性を身につけるためには、
いままで自分の思っていたようなその待ち時間中ずっと
雑談をする必要はなく、その場にいる相手の存在に敬意を
はらうためのミニ雑談をするだけで良いのである。そして、
その後は、各々のやっていた事に戻ればよいのである。

こうする事により、気まずい空気も作らず、自分も大人と
しての社交性のある行動ができ、10分間親しくない人と
雑談を続けなくても良いためハードルも低い。

ちなみに、これはジャグジーにおける社交性
書いた事と原理は同じである。それがジャグジー
だけの話ではなく、どこでも適応されるという発見
であった。

ちょっとこれから待ち時間に雑談をするのが辛い
人と会うのが楽しみになってきた(笑)。

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2009年2月23日月曜日

ジャグジーにおける社交性

「Eye Contact、社交性の基礎編 Part. 2」にもどる

こんな経験に共感できる方はいるのではないだろうか。

一人でも、二人でもよいが、大勢でさわぐほどの
人数でない状況で、海外において公共のジャグジーに
入りに行ったとする。そして、ジャグジーに入っている
自分たちは日本人によって構成されているとする。

ジム内の施設でも良いし、アパート内の公共プール、
スノボ旅行中の宿のジャグジーでもよい。

そして自分たちだけが入っているときに、外国人の
カップルがあとから入ってくるとする。この時点で、
海外で仕事をし始めた頃の自分がとった行動は、基本は
まったくコミュニケーションをとらないというものであった。

向こうが"Hi"「こんにちは」と挨拶をすれば、返事は
したものの、自分から挨拶をしたり、会話を試みたり
ということはしなかった。

さらには、我々はこういったシチュエーションにおいて、
即席で他人と英語でコミュニケーションをとるのに慣れて
いない、もしくはとりたくないため、「俺に声をかけるなよ」
的な雰囲気を出し、わざと目を合わせないといったことさえも
する。そういった行動をとった経験のある人は自分だけで
はないであろう(苦笑)。

そして、通常は、目を合わせようとせず、会話をしたく
なさそうな雰囲気を醸し出している人に対して、相手は
わざわざ挨拶はしてこないし、コミュニケーションを図ろう
ともしない。

そしてそのあとにまっているものは...
かなりの近距離に向かい合って人がいるのに、目を
あわせず、見てみぬふりをする数十分がつづく。
これはかなり気まずい。

こんな理由から、ジャグジーに入る時はだれも他人が
いない方が気が楽だ、「頼むから誰も入ってこないでくれ」
と考えた事があるひとはいるのではないだろうか。
または、まだあまり出たくもないのに、外国人が入って
来たらこの状況の気まずさが嫌なため出てしまう、なんて
経験をしたことがある人は多いのではないか。自分はこの
気まずい状況にしてしまう自分の社交性の無さがかなり嫌で
あった。

つい最近友達の外国人に彼らの意見を聞いてみた。
このような自分の説明する状況は感じた事はあるか?と。
すると、帰って来た答えはおもったよりもマイナスなもの
であった。

その友達曰く、確かに日本人に限らず、アジアのひとはこう
いう場で話しかけても良いのか戸惑うとのことだ。あたかも
1メートル先にいる自分たちが全く存在しないかのように
まったく無視するのはちょっと変で、なぜなのかと逆に聞き
返された。場合によってはそれは失礼にあたるかと聞いた所、
そういう解釈をする人もいるのではないかとの返答であった...

もちろん、誰でも社交的で無い気分の時もある。また、
ジャグジーにゆっくりしようと思い行っているのに、面倒
くさい英会話を他人とする気分でないという理由もすごく共感
できる。社交的な気分なときは頑張って雑談をすればよいが、
何かゆっくりでき、この気まずい状況を回避する方法はないで
あろか?と思った人に、ちょっとしたミニSocial Skillを
紹介する。

やらなくてはいけない事はすごく簡単である。これは仮に英語が
しっかりと話せなくてもできるのでうれしい。とりあえずは
Eye Contactで書いたように、こちらからEye Contactを
試みる。そして笑顔で"Hi"と挨拶をする。これだけでも相手に
自分はきまずい雰囲気をつくるような社交性でないということが
伝わる。これが第一歩である。(というか、このEye Contact
と笑顔はどんな状況においても社交性の基本である。)

次に、ここがミソなのだが、(残念ながら、この"Hi"だけでは
狭い空間で向かい合うジャグジーという設定においては、まだ
気まずさは回避できない)、何か一言雑談をするのである。

英語で雑談というと難易度が高く感じる人もいるかもしれないが、
一言で良いためなんとかなる。いくつか決まったパターンを用意
しておいても良いかもしれない。大事なのは、Eye Contact、笑顔、
"Hi"に加えて、一言でも雑談を交わすと、他人としての壁がとれるため、
不思議な事にその後近距離で会話が無くても気まずくないのである。

さらにはすでに雑談を交わしているため、その後見てみぬふりを
する必要も無いし、一言会話をしたあとは、ふと近距離で目を合わせ
ても不自然でないのである。通常はこの場合向こうから笑顔をして
くる。なので笑顔で返せばEye Contactもそこからは自然にとれる。

つまり、ちょっとジャグジーにゆっくり休みたくて、日本人と
いる場合は、あとから外国人が入って来たり、または先に外国人が
入っていた場合、Eye Contact、笑顔、"Hi"、そして一言雑談をし、
すぐに自分の友達との日本語の会話に戻ればよいのである。これさえ
行なえばその後の時間が気まずい事はなくなる。これはまだ英会話が
苦手な場合も、何度か練習すれば行なうのはそう難しい事ではない。
なのでジャグジーの気まずさが苦手なひとは、ぜひトライしてみては
どうか。

さて、これができる様になったら、次はそのまま雑談を続け、相手の
カップルの存在を楽しめる様になることが理想である。そうなると、
ジャグジーにおいて誰か他人の外国人がはいってくる事が楽しくさえ
なってくる。

そういった社交性を身につける為には、もっとカルチャー英語
スキルをあげる必要があるが、それはまた別の記事で書きたいと思う。

最後に参考までに、簡単な一言雑談の例をいくつか。

* 自分のアパートにおいて(どこでも使える)

自分: "Hi" (こんにちは)
相手: "Hi" (こんにちは)
自分: "Do you come here a lot?"
(ここ(ジャグジー)ヘはよく来るのですか?)
相手: "yes/no/sometimes" (はい/いいえ/たまに来ます)
自分: "oh nice :)" (そうですか)
相手: "How about you?" (貴方はどうですか?)
自分: "Once in a while/I come here, probably
couple of times a week." (たまに/週に何度か)
相手: "ah nice" (そうですか)


* ジムにおいて

自分: "Hi" (こんにちは)
相手: "Hi" (こんにちは)
自分: "How was your workout?" (エクササイズはどうでした?)
相手: "um, it was great" (よかったですよ)
自分: "oh yea? :)" (そうですか)
相手: "How about you?" (貴方はどうですか?)
自分: "It turned out pretty good" (私もよいトレーニングできましたよ)
相手: "ah nice" (そうですか)


* スノボ旅行中の宿において

自分: "Hi" (こんにちは)
相手: "Hi" (こんにちは)
自分: "How was your day?" (今日の山はどうでした?)
相手: "oh, it was great/oh it was really cold/etc." 
   (良かったです/寒かったです/等)
自分: "oh nice :)" (そうですか)
相手: "How was your day?" (貴方はどうですか?)
自分: "Oh, I had a great time too" (私もよい一日でした)
相手: "cool" (そうですか)



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2009年2月20日金曜日

ルームメイト達のSocial skill

先日の夜、自分の家に帰って来た時の出来事である。

家に帰り、キッチンへ向うと、ルームメイトが友達と
3人でリビングルームで雑談をしていた。自分の
ルームメイトはドイツ人で、その日はドイツ人同士で
集まっていたようで、話している言語は当然ドイツ語
である。しかし、自分がキッチンへ入ったことに気づく
と同時に、3人が英語で話し始める。

ここできちんと状況を伝えたいのだが、キッチンから
リビングの3人がいた場所までは10メートルほど
離れており、さらには自分はキッチンの後ろにいたため、
3人の顔も見えず、当然会話にも参加していなかった。

そんな状況でも、3人は、ドイツ人ではない自分が
部屋の会話の聞こえる距離に入ったため、自分たちしか
理解できない言語で話すのをやめ、会話を英語に切り
替えるのである。

そして、ルームメイトも含め3人とも、発音などから英語を
お互いに話す事が楽である人たちでもない。

あまり大した事には聞こえないかもしれないが、逆の
立場で考えてみてほしい。

自分の気心知れる日本人友達と、自分の家で日本語で
会話をしているとする。そして、ドイツ人のルームメイト
が夜家に帰ってくる。そして、10メートル離れた顔の
見えないキッチンにルームメイトが入ったことに気づいた
とき、そのルームメイトが日本語がわからないという
理由により、3人の日本人は自分たちの会話を英語に切り
替えるであろうか?繰り返しになるが、その3人の会話には
ルームメイトはまだ参加していないので、会話をしているのは
3人の日本人だけである。

自分の場合、これは間違いなく、この時点でルームメイトに気を
使って英語で3人で話すという事は無い。

仮に会社などで、日本人が数人いる中、外国人が会話に参加し
てきた場合は日本語の分からない人に対して失礼でない様に、
会話を英語に切り替えるよう努めている。

しかし、先日の出来事が特に印象に残ったのは、自分が会話に
参加しておらず、距離もかなりあったにもかかわらず、会話を
英語に切り替えたルームメイト達のSocial Skillに感心した
からである。

いろいろな国のひとが混ざっている環境で生活していると、
様々な考え方を学べて面白い。その日、この母国語と
英語の切り替えに関して、もうちょっと意識を変えなくてはな、
と感じた。

2009年1月15日木曜日

"Hi〜" vs. "Hi"(「〜さんこんにちは」と「こんにちは」の違い)

ある自分の知人を"Mike"(マイク)とする。彼は自分の
大親友ではなく、他人でもない。お互いにいつか自己紹介
したことがある、名前を知り合う程度の知人であるとする。

そして、彼とどこかですれ違い、軽い挨拶をする場合、
(一瞬すれ違うだけである。立ち止まって話すのでも、
立ち止まっている相手に会話をする為に歩み寄るのでも
ない場合。)

A.) "Hi!" (こんにちは!)
B.) "Hi Mike!" (こんにちはマイク!)

どちらをしているだろうか? 想像するに、
かなりの割合で(A)の方が多いのではないだろうか?

自分もずいぶんと長い間(A)をやってきた。(B)を
親友以外にまでできるようになったのはここ数年である。

この小さな違いに「大きな」違いがあるのに気づいた
のは、ある日友人と雑談をしていたときの、こんな会話
からであった。

友人: 「おい亮、会社の「A」ってやつ知ってるか?」
自分: 「いいや、知らないけどどうしたの?」
友人: 「いや、大した事じゃないんだけど、あいつ
     自分とあまり面識ないんだけど、すれ違うたびに
     俺の名前をちゃんと言って挨拶するんだよね。」
自分: 「へ〜」

言われてみると単純な事だが、たしかに"Hi"と"Hi〜"とでは
相手の名前が入っている分だけパーソナル(個人的、親密)な
感じがする。そして、それを言われた方は、些細な差ではあるが、
その分だけちょっと良い気がする。誰でも自分のことを少しでも
意識してくれていると感じる事は悪い気はしないのであろう。

そのとき思ったのである。自分は自分の名前を付けて"Hi"と呼ばれ
るのが普通だが、よく考えたら逆に自分は相手の名前を"Hi"のあとに
つけていないじゃないかと。意識してみるとすぐ分かるが、外国人は
比較的相手の名前までつけてちゃんと挨拶をする。

これは我々のカルチャーでは、ちょっとした軽い挨拶に、相手の名前を
入れるという習慣があまりないからであると想像される。

それゆえ、自然と"Hi"という表現に落ち着き、自分が名前を言われ
ている事を意識せず、そして結果その差にも気づかないのである。

そこでまた自分でやってみた。すると、面白いもので、一言相手の
名前を付け加えるだけにも関わらず、慣れていないため初めは
違和感があるのである。

慣れてしまえば名前を付けた挨拶は意識さえもしない普通の事
となるが、上の自分の友人との会話の例からも分かる様に、
相手の受ける印象は結構違うのである。

つまり、"Hi"の方が、"Hi〜"より他人向けで、"Hi〜"はより友人
向けの表現なのである。そして、自分の仲の良い友達などには、
"Hi"のみではちょっと距離感があり、やはり、友人は、友人
向けの表現で挨拶をした方が良いと思う。

そして、自分の友人が表現した様に、そこまで親しくない人まで
その表現ができるようになると、より「社交性」がある、「大人
である」といった印象になる。

自分の親友とすれ違った時、"Hi"のみで挨拶している場合は、
ちょっと考えてみると面白い。

2009年1月14日水曜日

Eye Contact、社交性の基礎編 Part. 2

「Eye Contact、社交性の基礎編 Part. 1」に戻る

まずはじめに意識しなくてはいけないのは、我々のカルチャー
は(特に他人と)目と目を合わせる事に基本的には違和感を覚える
ということである。つまりこれを直したいと考える場合、意識的に
その違和感を克服する必要がある。つまり、この違和感が普通である
ことをまず書いておきたい。

では実際に、日本人と外国人とではどのような行動の違いがあるの
であろうか。これをきちんと把握する事が第一歩であると思う。
だれか他人と学内、仕事場、アパート内ですれ違った場合、

日本人: 人がいる事に気づいたら、あまり相手の目は見ない。
外国人: 人がいる事に気づいたら、相手の目を見る。そして相手も
     自分の目を見たら、「にこっ」と軽い挨拶をする。

簡単な違いであるが、相手に与える印象にはずいぶんと差がある。
残念な事に、前者は「社交性の無い」とらえられてしまい、
後者は「社交性の有る」ととらえられる。この"Eye Contact"が
普通のカルチャーにおいては、後者の方が普通とされる。

幸運な事に、この"Eye Contact"に関しては、そういったカルチャー
的な違いがあることさえ認識すれば、簡単に対応できるのである。

次に学内、社内、アパート内でだれか他人とすれ違ったとき、
まず意識的に相手の目を見てみよう。するとSocial Skillsのある
相手であれば大抵の場合は自分の方を見るはずである。そして上で
述べた様に、相手が自分を見たタイミングで軽く「にこっ」と笑顔を
する。これだけで良いのである。すごく小さな差であるが、意識する
のとしないのでは、相手の感じる社交性の印象に大きな差がある。
なのでこれはぜひ実践すべきであると思う。

最後に、これを実践しだすと面白い体感がおまけでついてくる。
このすれ違い様に相手の目をきちんと見、笑顔をすることに慣れてくる
頃には、逆に自分の"Eye Contact"に対して目を意識的にそらす人とも
出くわす事になる。

Eye Contactに慣れた頃には、自分にとって「あれ、この人自分の
こと良く思ってないのかな?」、「シャイな人だな〜」、
「ちょっと感じ悪いな...」「ちょっと変わった人だな」といった
印象を受けるはずである。それはすなわち、外国人から見た我々日本人
の印象なのである(苦笑)。

次はもう少し社交性のスキルを上げたいひとに、ジャグジーの社交性
の話を紹介する。

「ジャグジーにおける社交性」にすすむ

Eye Contact、社交性の基礎編 Part. 1

自分がアメリカに来てまだ間もない頃、意識的になおした
Social Skill(社交性)について書いてみたい。
それはすなわち"Eye Contact"(目と目を合わせる事)である。

こんな状況を想像してほしい。

会社、学校、もしくは自分の住んでいるアパートにおいて、
面識の無い人すれ違うとする。会社の場合は社内のどこかで、
学校においては学内のどこかで、住んでいるアパートにおいては
アパート内のどこかで、知らない人とすれ違うとする。これは
その人と隣の席である場合や、「お隣さん」の場合ではなく、
まったく面識の無い人であるとする。

ここで、日本の場合、このすれ違ったひとは他人のため、
とくに相手と目を合わせるということはあまりしない。
むしろ目を合わせると、相手は「何こっち見ているんだ?」
という反応をするかもしれない。これはカルチャー的な物で、
日本においてはこれが普通である。意図的に他人と目をあわせ
ようとはしないのである。

さて、これが国際環境においてはどうであろうか?

誰かがいることに気づいている時に、あえて目線を
合わせないという行動は、自分の経験から、「シャイである」
「社交性が無い」「変わった人」、最悪の場合「失礼な人」
ととられてしまう。失礼なひとととられる事は滅多にないが、
「シャイである」「社交性が無い」「変わった人」と全てよい
印象ではない。

ではなぜそうとらえられてしまうのか?これは外国の感覚から
すると、同じ学校に通っている、同じ会社で働いている、
同じアパート内で住んでいる、という時点で、既に全くの他人では
ないのである。

我々日本人の感覚としては、たとえば社内、学内で数回面識のある
人に相当するかもしれない。もしくは、アパートの「お隣さん」
などである。そういう人と仮にどこかですれ違った際に、意識的に
目をそらす人がいるとすると、これはやはり「シャイである」
「社交性が無い」「変わった人」といった印象になると思う。

アメリカ人にとって、「他人」という定義は我々日本人の感覚
より狭いような気がする。よく道ばたで平気で知らない人に
話しかけてくる外国人を考えるとそれは納得して頂けると思う。

自分が10年ほど前初めて会社で働き始めた頃、なんでこの会社の
人たちは他人なのに自分に挨拶をするのだろうと感じた覚えがある。
そして、当時の自分は当然それに違和感を覚え、目をそらしていた
はずである。

「シャイである」「社交性が無い」「変な人」、という印象が
うれしい人はあまりいないと思う。そして、われわれのカルチャーに
とって普通な行動が、この環境においてはこんな印象であることは
気に留めた方が良いと思う。

Part.2はこのカルチャーの違いをもう少し具体的に、そして自分の
とった解決方法を紹介する。


「Eye Contact、社交性の基礎編 Part. 2」に進む

2009年1月13日火曜日

友達との会話が楽しめない?

外国で生活する以上は、外国人と過ごす時間がどんな人でもある
はずである。せっかく時間を過ごす以上は、それが楽しい方がよいと
思うのは自分だけではないはずである。自分の場合は特に、国際環境
に置ける生活能力を上げるために外国人と過ごす時間を意識的に
多くしている。

しかし、やはり日本人と日本語を話していた方がしっくりくるのは、
今でも変わりない。話題やメンバーによって程度は違えど、まだまだ
外人と会話をしていると「なんか楽しくない」と思う事が多々ある。

これに気づくまでにずいぶんと時間がかかったが、(というかそれを
認めたくなかった?)そういった状況の時は、自分の場合「会話の為の
会話」をしていることが原因に有る。そして、通常その場の会話にうまく
参加できず、エンジョイできていないときの社交辞令として、もしくは、
くやしさからやっている事が多い。

前者の社交辞令は誰でも経験した事があるであろう。これは何語を
話していようと、自分の興味の無い話題に参加しなくてはいけない
事はいくらでもある。問題なのは、後者の方で、さらにはこれが
自分の気心しれた仲間たち、そして自分が興味のある話題の
ときに、会話に参加できず、その場の友達の存在を楽しめていない
ときである。外国語を話す上で、こういった状況に共感できる人は
多く居るのではないだろうか。

ここで一つ言える事は、仮に「コミュニケーション英語」がある
程度できている場合でも、この現象は起こるという事である。
厄介な事に、単純に「英会話ができないからでは?」ではかたずけら
れないのである。「英会話ができる様になれば自然と楽しめる様に
なるのでは?」も残念ながら適用されない。つまり、「カルチャー英語
力」が足りない事が原因であると思う。

(ここで仮に「え、コミュニケーション英語がまだ不自由な自分は
この先どんなに長いんだ?」と思ってしまった場合、これは別項目で
書くが、コミュニケーション英語とカルチャー英語は同時進行で学べる
と言う事を書いておきたい。このカルチャー英語に関して自分が最終的
に言いたいのは、コミュニケーション英語だけではなく、カルチャー
英語を平行して覚える努力をした方がよいということである。自分は
これに気づくのが遅かったため、いまいろいろ苦労しているのである。)

そしてもう一つ、日本語を話しているときはこれが起こらないと
いう事である。自分の気心の知れた友人達と、日本語で自分の興味の
ある話題を話しているときに、その場が楽しめないという事はあまり
無いはずである。

それではなぜコミュニケーション英語ができる場合でもこれが
起こるか、そして、その状況に陥りやすい場合、具体的に何が
足りないのか、そしてどうすれば自分の友達との会話がより
楽しめるようになるのか?

そこを次は考えたい。

2009年1月5日月曜日

Social skills(社交性)の位置づけ

まず始めに、Social skillsの位置づけをしてみる。

生活環境の中に置けるSocial skillsについて感じる
事を羅列してみる。

* 欧米人はエレベーター内、移動中、ジャグジー内での
  沈黙に違和感を覚える。
* 欧米人は会話のあいだの「間」に違和感を感じる。
* アメリカ人は社交性の無い外国人の友達に、冗談まじりに罪悪感を
  与える(^_^)。(半分冗談だが、こういう風に感じている外国人は
  多いと思う。つい最近、スウェーデン人とこの話をした際に、
  「あるある」同意していた(笑)。)
* 「社交性がある」 = 「大人」
* 「社交性が無い」 = 「子供」
* 沈黙の多い友人関係は楽しくない

もちろん全て個人的意見であり、ひとによって感じ方は全く違う
はずである。また、社交性が無い事をマイナスとしてとらえない欧米人、
アメリカ人も沢山いる。

しかし、カルチャー的に上記のような傾向があり、生活している
と感じる事は間違いない。

逆に我々の慣れている日本のカルチャーは、

* 比較的会話の必要の無い所では会話はしない
* 慣れている人でないと社交的にはならない
* 一概に、「社交性がある」 = 「プラス」、
 「社交性が無い」 = 「マイナス」ではない。
* 沈黙や、「間」というのに慣れており、それが生活の中に
  いつも存在し、普通である。

アメリカにいる日本人がよく「シャイである」や、「社交性が無い」
と言われる事があるのだが、こういったカルチャー的な違いがある
からであると自分は思う。

次はこういった違いが、どのように社交性として現れ、
どう生活、仕事と関係してくるかを考えてみる。

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