「Articulation Skill」の重要性 --- Part.1
「Articulation Skill」の重要性 --- Part.2
「Articulation Skill」の重要性 --- Part.3
実践的な英会話、ミーティング、ディベートの場において、Articulationが必要不可欠であることはこのブログの色々なところで書いているテーマである。
ところがこのArticulationいろいろとやっかいで、そもそも自分の様にその必要性に気づくことさえも通常は時間がかかると思う。ゆえにミーティングなどにおいて責任がでてきて、その重要性に気づいた時点でそのスキルが備わっていないといけない為、既に遅かったりする。
次の問題は、仮に英語を日常的に使っていたとしても、意識していないと何年経ってもArticulationは自然に上達はしない点である。これは英語がネイティブの人でもうまい下手が大きく分かれることを考えると納得がいく。
そして、その重要性に気づいたとしても、このArticulationのレベルを計る方法や、それの上達法などが自分の知る限りではあまり方法論がない点であると思う。
少し話が飛ぶが、Articulationの上達に色々苦労してもう数年が経つ。そして、Articulationのスキルを意識し始めたことは多少影響はあるはずだが、なにか特に良い上達方法を思いついたわけでもないなか、ここ最近なぜか自分のArticulationが急激に上達している事に気づいた。ミーティング中に自分の意見が良く通るようになり、英語が母国語のリーダー達が聞き取れなかった、ニュアンスの難しい意見を拾えているといった場合が出て来たのである。
この上達のきっかけが、最近まで行っていたカナダへの出張によるものである事に気づいた。本社を離れて仕事をすると、仕事の形態で一つ大きく変わる点がある。それは本社とコミュニケーションをとる為に、相当数の電話会議をこなさなくてはいけない点である。自分はカナダの出張7ヶ月ほどの間、ほぼ毎日最低2、3回はロサンゼルスのスタジオと電話会議をしていた。
電話会議でぴんと来ない場合は、これは、デスク等に置いてある普通の固定電話機をグループで囲み、その一台の電話を受話器を取らずにスピーカーホンにして、電話の向こうにいる同様のグループと英語で遠隔会議をすることである。大事な会議であれば当然ミーティング室のスクリーン付きの音質の良いビデオ会議システムを使うのだが、ちょっとしたミーティングであれば手っ取り早いので通常の電話機を使う。
この電話会議ではどんなことが起こるかというと、まずミーティング専用の機器ではないため音質があまり良くない。その上、ビデオ会議ではないので相手の顔が見えず、お互いの表情やハンドジェスチャーといったコミュニケーション手段が使えない。
また複数対複数の電話ミーティングでは、相手の発言が誰によるものかといった事すら判断できない上に、イギリス発音、フランス発音、インド発音、ドイツ発音、と様々なアクセントの人がまぜこぜで話しをしている場合もある。そして、VFX業界のミーティングは、会議の内容は多くの場合が映像を言葉で説明する表現の難しいものである。
言うまでもなく、とにかく初めの数ヶ月はボロボロだった。相手の言っている事はうまく聞き取れず、自分の言いたいことがうまく伝わらず発言を繰り返す事が多々あった。さらにはリーダー職をやっていると、その会話の全員の分の会話を拾う事が自分の責任でもある。その会議で語られていることを全て自分が把握し、だれか自分のチームの人が聞き取れなかったらあとで説明してあげなくてはならない。また、うまく言いたい事が伝えられないメンバーがいたらそれをフォロー、確認するのも自分である。
これらすべてが固定電話機の小さいスピーカー越しに、相手の顔すら見えず複数の人の音声がまざって行なわれるのである。
こんなことできるか!
と正直心の中で思っていた。
このような条件下の電話ミーティングにおいては、100%自分の話している音声だけでコミュニケーションをきちんととらなくてはいけない為、通常の会議よりかなりArticulationスキルが必要なわけである。一回で言いたい事が伝わらなかった場合の言い直しの気まずさも、相手の顔が見えないため倍増する。言葉におけるコミュニケーションのエラーマージンがほとんど無いと表現してもよいかもしれない。
しかし、もちろんまだまだ電話会議を満足いくまでにできるわけではないが、それでも7ヶ月間もそれを毎日こなし、それが会議の基準となっていると、死活問題のため嫌でもArticulationのスキルが向上するみたいである(笑)。
そして、その形態の会議に慣れた頃には、参加者が目の前にいる通常の会議が、かなり簡単に感じる様になると言うわけである。電話会議に比べるとビデオ会議すら簡単に感じる様になる。
つまり、自分は運良くこのトレーニングを7ヶ月ほど集中してやることができたが、意識的にArticulationの向上の為に取り入れる事もできると思う。
たとえば学生友達や仕事仲間数人で、スピーカーホンにした固定電話を囲み、2チームで電話越しに同じyoutubeか何かの映像を流しながらその内容をディスカッションすれば、Articulation向上のための良い練習になると思う。
また職場で英語における電話ミーティングに参加する機会のある人は、それを利用するのもオススメである。最近では自分はどんな電話ミーティングでも、仮に自分が責任者で無い場合もみんなの全ての会話を100%聞き取る努力をしている。これはタダでできるかなり効率的なトレーニングである。
そして、自分のArticulationのスキルレベルを知りたい場合は、上のようなスピーカーホン越しのyoutubeの映像ディベートを、リアルタイムで友達としてみると、Articulationスキルの有無がよくわかるはずである。
「Articulation上達法 〜即効性編」へ
2012年1月3日火曜日
2011年12月4日日曜日
ジェントルマンリスト
今までに海外で働く上でGentlemanがどうして大事であると思うか、リーダーシップとどういう関係があると考えるか、自分がいままで見てきて感心したGentlemanである行動の例等は、このブログのいろいろな所で取り上げているテーマである。欧米社会で仕事を初めてもう十年以上になり、Gentlemanshipのことを考え始めてからもずいぶん経つ。その十数年のなか、いくつか気づいた事がある。
まずはこんな経験談から。
以前会社で友達と会話をしていると、少し先に重たいカートを押している女の子が通りかかる。会話しながら頭で「ああ、助けてあげなきゃ」と思っていると、自分の友達が既に動いておりカートを押してあげていた。
ひとつ気づいたのが、ジェントルマンとはその行動ができるできない、するしないではなく、無意識でも周りの人を配慮した行動が習慣的にできる人を指すのだとそのとき思った。
自分はそれまで、ジェントルマンの行動ができる人をまねし、その行為ができれば良いと考えていた。もちろんそういった教育を受けていない自分など日本人にはそれが第一歩であるが、するしないに焦点をおくのは少し違っていたと今は思う。体がとっさに反応するぐらい習慣になっていることが大事であり、意識的にやっているひとでも、これが無意識的にできているかどうかは自身が一番よく分かっている。
そして、ストーリーテリングの体得の話とちょっと似ているが、ジェントルマンの行動を意識して一つ一つやっていく目的は、いずれはそれらを体が覚えて応用が利く様になり、無意識でも上のような行動ができるようになる事であると思う。
ではどこから始めるか。これは自分が10数年前に欲しかったリストである。このリストは、現代の、自分の生活範囲のなかで、ジェントルマンシップが文化に浸透している様々な国から来た人を観察して判断した物である。なので逆にこのリストがおかしい、もしくは甘過ぎ、という生活環境もあるであろう。あくまで一つの参考としてである。
自分の生活環境には年齢で言えば10代後半から、50半ばぐらいまでの年齢層がおり、平均で言うと20前半から40半ばぐらいであろうか。国籍はアメリカ、カナダ、ヨーロッパ全般、アジア、中東、南アメリカ、アフリカ、オーストラリア、と、ハリウッドの映画産業は本当に世界中から人が集まって来ている。
また、エンジニアからアーティスト、人事やマネージメント、経理、ビジネスマン、弁護士、プロデューサー、制作スタッフ、VFX業界はありとあらゆるバックグラウンドのひとが集まって仕事をしている場の為、考えると自分の生活環境での10数年のジェントルマンシップのサンプルは、もしかしたら一般論としてそんなに悪くないのかもしれない。
うんちくはこれくらいにして、Gentlemanshipの身に付いている人から見て取れる基礎事項のリストは:
*ドアを誰にでも開ける
*どこかに入る、出るときは自分が最後(エレベーター、知人の家、公衆トイレなど)
*レストランでは奥側の席に子供、女性、お年寄りをリードする
*レストランでは子供、女性、お年寄りに先にオーダーしてもらう
*食事(ドリンクの場合も)はオーダーが全員分がそろうまで手を付けない
*歩道では子供、女性、お年寄りより自分が道路側を歩く
*子供、女性、お年寄りの重たい物をもつ
*子供、女性、お年寄りが自分の目につく範囲でなにか手が必要そうな場合、そこまで行って聞く(これは場合によっては男性に対してもか。。。)
*自分のゲストを人に紹介する
*相手のゲストに自分を紹介する
*男友達といる時に、その場に友達の彼女、奥さんがいる時は友達だけと話すのはNG
*自分が座っている所に誰かが自分に会いに来たら立って挨拶をする(特に自分が座って相手に対応する状況の場合。例えば仕事のデスクに座っている時だれかが自分を訪ねて来た場合や、一対一で食事をするとき相手が自分より後から到着し(男女かまわず)、自分が先に座って待っている時など。)
*ちょっと遠くでも車いすやお年寄り、子供を抱えている人がドアをくぐりそうなのが目についたら、今自分のやっている事を中断してそこまで移動してドアを開ける
*社交性がある
ぱっと思いつくのはこれくらいだが、今後もっと思い出したらこのエントリーに付け足していく。
さて、自分がこれを全部習慣でできているかというとそんなわけは無く、日々意識しながらやろうとしている事である。海外に出て来たばかりの人にはもしかしたら参考になるかもしれない。
テーブルマナー、エチケット一般、ジェントルマンシップ、とまざっているかもしれないが、それは区別する必要は無いのではと考える。日常生活の中で目につく事のリストである。
そして重要なのは、このリストに何が欠けているかではなくて、これらを繰り返し意識してやっていくうちに、無意識でも体が反応するぐらい習慣になったときは、それの応用でリストに無いものでも自然とできる様になる事である。
最後につい最近感心したジェントルマンの行動を一つ紹介する。
自分の母親が以前ロサンゼルスに訪ねて来た時である。うちに着いた母親の荷物は一階の駐車場の階段の下に置いてあった。階段は一つで、うちの部屋とお隣さんの部屋は二階にあり、両方の入り口まで上がる階段である。
そして、ちょうど同じ頃、お隣さんのマークが駐車場に到着した。3人は軽く挨拶を交わす。自分と母親は荷物をいくつか二階の部屋まで運び、部屋の奥まで運び終わり残りの荷物を取りに出てくると、なんと残りの荷物が階段の上まで移動してあるのである。
重そうな荷物をみて、マークが階段を上がる際についでに階段上まで持って上がってくれていたのである。ほんの一瞬の出来事でマークは既に隣の家に入っていてその場にはいなかった。ちなみにこの階段は短く、オープンな設計なので、その下から上まで顔見知りのお隣さんが荷物が移動したことにより、それに対して何か不信感を抱く事はないような設定であることを付け足しておく。
そのとき自分は、逆の立場ではマークの母親の荷物がそこに並んでいたとして、それを彼らのいない一瞬で自分が上がるついでに階段の上まで運ぶような行動はできなかっただろうなあと思った。
上のリストのような事が全て習慣になっている人であれば、このような行動が自然とできるのだろうと思った。
この次のGentlemanの読み物は、上のリストを一つ一つもう少し具体的に書いてみたい。ジェントルマンシップを習慣にするためには、リストの行動自体ではなく、その行動をする根底にある理由が大切だと思うのである。
この読み物のタイトルに戻る...
まずはこんな経験談から。
以前会社で友達と会話をしていると、少し先に重たいカートを押している女の子が通りかかる。会話しながら頭で「ああ、助けてあげなきゃ」と思っていると、自分の友達が既に動いておりカートを押してあげていた。
ひとつ気づいたのが、ジェントルマンとはその行動ができるできない、するしないではなく、無意識でも周りの人を配慮した行動が習慣的にできる人を指すのだとそのとき思った。
自分はそれまで、ジェントルマンの行動ができる人をまねし、その行為ができれば良いと考えていた。もちろんそういった教育を受けていない自分など日本人にはそれが第一歩であるが、するしないに焦点をおくのは少し違っていたと今は思う。体がとっさに反応するぐらい習慣になっていることが大事であり、意識的にやっているひとでも、これが無意識的にできているかどうかは自身が一番よく分かっている。
そして、ストーリーテリングの体得の話とちょっと似ているが、ジェントルマンの行動を意識して一つ一つやっていく目的は、いずれはそれらを体が覚えて応用が利く様になり、無意識でも上のような行動ができるようになる事であると思う。
ではどこから始めるか。これは自分が10数年前に欲しかったリストである。このリストは、現代の、自分の生活範囲のなかで、ジェントルマンシップが文化に浸透している様々な国から来た人を観察して判断した物である。なので逆にこのリストがおかしい、もしくは甘過ぎ、という生活環境もあるであろう。あくまで一つの参考としてである。
自分の生活環境には年齢で言えば10代後半から、50半ばぐらいまでの年齢層がおり、平均で言うと20前半から40半ばぐらいであろうか。国籍はアメリカ、カナダ、ヨーロッパ全般、アジア、中東、南アメリカ、アフリカ、オーストラリア、と、ハリウッドの映画産業は本当に世界中から人が集まって来ている。
また、エンジニアからアーティスト、人事やマネージメント、経理、ビジネスマン、弁護士、プロデューサー、制作スタッフ、VFX業界はありとあらゆるバックグラウンドのひとが集まって仕事をしている場の為、考えると自分の生活環境での10数年のジェントルマンシップのサンプルは、もしかしたら一般論としてそんなに悪くないのかもしれない。
うんちくはこれくらいにして、Gentlemanshipの身に付いている人から見て取れる基礎事項のリストは:
*ドアを誰にでも開ける
*どこかに入る、出るときは自分が最後(エレベーター、知人の家、公衆トイレなど)
*レストランでは奥側の席に子供、女性、お年寄りをリードする
*レストランでは子供、女性、お年寄りに先にオーダーしてもらう
*食事(ドリンクの場合も)はオーダーが全員分がそろうまで手を付けない
*歩道では子供、女性、お年寄りより自分が道路側を歩く
*子供、女性、お年寄りの重たい物をもつ
*子供、女性、お年寄りが自分の目につく範囲でなにか手が必要そうな場合、そこまで行って聞く(これは場合によっては男性に対してもか。。。)
*自分のゲストを人に紹介する
*相手のゲストに自分を紹介する
*男友達といる時に、その場に友達の彼女、奥さんがいる時は友達だけと話すのはNG
*自分が座っている所に誰かが自分に会いに来たら立って挨拶をする(特に自分が座って相手に対応する状況の場合。例えば仕事のデスクに座っている時だれかが自分を訪ねて来た場合や、一対一で食事をするとき相手が自分より後から到着し(男女かまわず)、自分が先に座って待っている時など。)
*ちょっと遠くでも車いすやお年寄り、子供を抱えている人がドアをくぐりそうなのが目についたら、今自分のやっている事を中断してそこまで移動してドアを開ける
*社交性がある
ぱっと思いつくのはこれくらいだが、今後もっと思い出したらこのエントリーに付け足していく。
さて、自分がこれを全部習慣でできているかというとそんなわけは無く、日々意識しながらやろうとしている事である。海外に出て来たばかりの人にはもしかしたら参考になるかもしれない。
テーブルマナー、エチケット一般、ジェントルマンシップ、とまざっているかもしれないが、それは区別する必要は無いのではと考える。日常生活の中で目につく事のリストである。
そして重要なのは、このリストに何が欠けているかではなくて、これらを繰り返し意識してやっていくうちに、無意識でも体が反応するぐらい習慣になったときは、それの応用でリストに無いものでも自然とできる様になる事である。
最後につい最近感心したジェントルマンの行動を一つ紹介する。
自分の母親が以前ロサンゼルスに訪ねて来た時である。うちに着いた母親の荷物は一階の駐車場の階段の下に置いてあった。階段は一つで、うちの部屋とお隣さんの部屋は二階にあり、両方の入り口まで上がる階段である。
そして、ちょうど同じ頃、お隣さんのマークが駐車場に到着した。3人は軽く挨拶を交わす。自分と母親は荷物をいくつか二階の部屋まで運び、部屋の奥まで運び終わり残りの荷物を取りに出てくると、なんと残りの荷物が階段の上まで移動してあるのである。
重そうな荷物をみて、マークが階段を上がる際についでに階段上まで持って上がってくれていたのである。ほんの一瞬の出来事でマークは既に隣の家に入っていてその場にはいなかった。ちなみにこの階段は短く、オープンな設計なので、その下から上まで顔見知りのお隣さんが荷物が移動したことにより、それに対して何か不信感を抱く事はないような設定であることを付け足しておく。
そのとき自分は、逆の立場ではマークの母親の荷物がそこに並んでいたとして、それを彼らのいない一瞬で自分が上がるついでに階段の上まで運ぶような行動はできなかっただろうなあと思った。
上のリストのような事が全て習慣になっている人であれば、このような行動が自然とできるのだろうと思った。
この次のGentlemanの読み物は、上のリストを一つ一つもう少し具体的に書いてみたい。ジェントルマンシップを習慣にするためには、リストの行動自体ではなく、その行動をする根底にある理由が大切だと思うのである。
この読み物のタイトルに戻る...
2011年11月21日月曜日
更新スキップ、メール返信、来月
遅くなりましたが今月更新スキップですm(_ _)m。いくつか書いているのだがどれもうまくまとまらないので、中途半端なものをアップデートするよりは一ヶ月スキップしようと思う。
ちなみにここずっとシリアスなテーマが多かったので、次回はGentlemanネタを書いている。
自分がなぜ海外で仕事をする上でGentlemanshipが大事と思うか、これまでのGentlemanの書き物はこちらから
ジェントルマンシップについてGoogle検索すればいくらでも情報が出てくるが、一言にジェントルマンシップと言っても人によってかなり定義は違うと思う。ある人の育った環境によっては普通でも、他の環境で育った人にはすこしやり過ぎのジェントルマンの行動もある。
例えばレストランで椅子をひくという行為は、普通というひともいるし、マナーの範囲を超えてやりすぎという人もいる。逆にレストランでオーダーする時は子供、女性が先といった、むしろ一般人でもほとんどのひとが守っている行動もある。
また時代によってジェントルマンの定義も変わって行くはずであり、レストランに人が到着したら必ず自分も席を立つといったマナーは、時代的に古いという人もいる。
このように、ジェントルマンシップという行動はいくらでもウェブなどで情報が見つかるが、実社会においてどういう人にとってはどれが基礎、マナーの範囲とされているのか、などという情報は意外と少ない。また、ジェントルマンシップの教育を基本的に受けていない日本人はどうとらえたら良いのか、などといろいろ考え方があると思う。
また、広くジェントルマンシップとして基礎事項として認識されているドアを開けるという行為も、二重ドアの場合はどうするのか、スライド式のドアはどうやって自然に開けるのか、などとテクニカル(?)な話も以外と深い(笑)。
12/5の更新はジェントルマンシップについての自分の考え方をあれこれ書いてみたい。
ps.
それともう一つ、ここ数ヶ月でずっとたまっていたメールを頂いていた方々にお返事をしました。中には時間が経ち過ぎで返信してもメールアドレスがすでに無くなっていた方も結構いまして。。。もしメールをずいぶん前に頂いて、すでにアドレスが変わっており、もしまだ覚えておられたら、再送していただけると幸いです。
ちなみにここずっとシリアスなテーマが多かったので、次回はGentlemanネタを書いている。
自分がなぜ海外で仕事をする上でGentlemanshipが大事と思うか、これまでのGentlemanの書き物はこちらから
ジェントルマンシップについてGoogle検索すればいくらでも情報が出てくるが、一言にジェントルマンシップと言っても人によってかなり定義は違うと思う。ある人の育った環境によっては普通でも、他の環境で育った人にはすこしやり過ぎのジェントルマンの行動もある。
例えばレストランで椅子をひくという行為は、普通というひともいるし、マナーの範囲を超えてやりすぎという人もいる。逆にレストランでオーダーする時は子供、女性が先といった、むしろ一般人でもほとんどのひとが守っている行動もある。
また時代によってジェントルマンの定義も変わって行くはずであり、レストランに人が到着したら必ず自分も席を立つといったマナーは、時代的に古いという人もいる。
このように、ジェントルマンシップという行動はいくらでもウェブなどで情報が見つかるが、実社会においてどういう人にとってはどれが基礎、マナーの範囲とされているのか、などという情報は意外と少ない。また、ジェントルマンシップの教育を基本的に受けていない日本人はどうとらえたら良いのか、などといろいろ考え方があると思う。
また、広くジェントルマンシップとして基礎事項として認識されているドアを開けるという行為も、二重ドアの場合はどうするのか、スライド式のドアはどうやって自然に開けるのか、などとテクニカル(?)な話も以外と深い(笑)。
12/5の更新はジェントルマンシップについての自分の考え方をあれこれ書いてみたい。
ps.
それともう一つ、ここ数ヶ月でずっとたまっていたメールを頂いていた方々にお返事をしました。中には時間が経ち過ぎで返信してもメールアドレスがすでに無くなっていた方も結構いまして。。。もしメールをずいぶん前に頂いて、すでにアドレスが変わっており、もしまだ覚えておられたら、再送していただけると幸いです。
2011年10月4日火曜日
熱の入った外国の会議で発言していくには 〜後編
「国際環境での会議はどんな感じか 〜状況説明」に戻る
「国際環境の会議でなぜ発言できないか 〜現状分析」に戻る
「熱の入った外国の会議で発言していくには 〜前編」に戻る
「外国での英語における、色々な国の人が集まっている発言が盛んな会議において、日本人がしっかりと発言をし、会議に貢献し、必要においては会議を円滑にリードする」
一行で書く事ができるが、これがなかなか我々日本人にはハードルが高いのは、正に自分の実体験である。これは自分の仕事においてでも、どんなビジネスの交渉においてでも、多種の国籍の人が協力をして、なにかを成し遂げようとする場においては、日本人が直面し、苦労する場面であると思う。今以上にこれからの時代、どんどんとこのような状況が増え、きっちりとディベートできなくてはならなくなってくると思う。
熱の入った外国の会議で発言していくには 〜前編のエントリーを書いてからずいぶんと経ったが、最近ようやく発言が盛んなシビアなミーティングで思う様に発言ができるようになってきた。ここ数年でさらに気づいた事を書いてみたい。
海外でのミーティングに英語で参加すると、外国人に比べ我々日本人がなかなか思う様に発言できないということがよくある。(語学学校に通っている学生の方は、ディベートのクラスなどで似たような経験をしたことがあるかもしれない。自分が高校生の頃、英語の語学学校に一時期通っていたときに、ディベートのクラスの面子はたしか、フランス、ロシア、中国、日本といった具合で、当然みな同じクラスで英語を学んでいる人々なので英会話の経験はみな似た感じのはずなのに、自分を含め日本人があまり発言できていなかったことを鮮明に覚えている)。特に組織のリーダー達が集まるミーティングでは、みな発言の仕方がさらにうまいため、余計に発言が難しくなる。英語の会議に参加して、仮に日常会話ができる人でも、なかなか会議のディベートに参加できないという経験をした事がある人は多いのではないだろうか?
大事なミーティングで積極的に発言してくる外国人に押されずに、きちんと英語で自分の考えを発言し、ディベートできることは多くのビジネスマンやリーダーにとって大事なことである。もちろん英会話がきちんとできる事、いろいろなところで書いているArticulationがうまい事などが欠かせない。しかし、それだけでは満足に発言できないのは自分も経験済みである。
この発言しにくい理由は国際環境での会議はどんな感じか 〜状況説明と国際環境の会議でなぜ発言できないか 〜現状分析に書いたので、今回はそこから実際にどうやったら発言ができるようになるかをさらに考えてみたい。
前回のエントリーでは、ラジオやテレビ番組のトークのディスカッションを聞きながら、こっちの文化での発言のタイミングを覚えるやり方を書いた。これはもちろん有効であるし、自分も取り入れていたのだが、もう少し効果的な方法を思いついたので紹介する。できればラジオとテレビの方法と併用するのが良いだろう。
ミーティングに参加したら、こんなことをしてみるのである。
会議中にだれかが発言をしているとする。そこで、次の人が誰か発言すると仮定したときに、その発言はいつ起きるかを想像してみるのである。いまの発言者の話の真ん中ぐらいのときに、「この辺で誰か発言するかな?」と考えてみる。もちろん、これはタイミングが早すぎるので、当然だれも発言しない。話が少しずつ収束して来ているあたりで、「ここか?」と想像する。おそらくここでも誰も発言しないだろう。つまりここでも少々早すぎる。そして、そうこうしているうちに誰かが次の発言を始めてしまう。要はこの時点でタイミングをミスったわけである。
やる事としてはこれだけである。実際のミーティングに参加した際に、現在行なわれている発言に対して、次の発言者のタイミングを上の様に予測してみるのである。ラジオやテレビでやるのと似ているが、実際に目の前で行なわれている、自分がいずれ発言を思う様にしたい場でこれをやると、より実践的で効果的である。そして、実際にまだ発言をするわけではないので、試みるためのハードルは低い。
この欧米社会でのミーティングにおける発言のタイミングを、日本の文化で育っている我々は探さなくてはいけないという事を、まず意識する事が大事であると思う。探す事を頭にさえ入れれば、聴講者としてでもミーティングに参加し、上のことを続ければ、この外国人のミーティングにおける発言のタイミングは見つかる様になる。
目標は、「ここだろう」と想像したタイミングで実際に次の人が発言をすることである。そして、このタイミングが意識して見つかる様になってきたら、次はそれを体に覚えさせる事である。意識せずとも、次の発言者の話し始めのタイミングが感覚で分かる様になるのが最終目標である。
実際に、続けていればそのうち感覚的に「あ、ここで次の発言はくるな」ということがかなり正確に分かる様になる。面白い事に、この外国人の発言のタイミングは想像以上にブレが無い。実はここが大事で、大体このあたりであろう、ではなく、「ここだ」というタイミングがきちんとあるのである。わかってくると、「あ、いまドンピシャのタイミングあそこだったな。あのタイミングならスムーズに発言できたな。でもだれも発言しなかったな。」といったことが分かる様になる。
外国人のリーダー達は、みなこれを既に感覚的に体得していると思った方が良い。これは欧米文化でのコミュニケーションの経験の差であろう。特に外国で日本人がリーダー職を目指す場合は、このミーティングの発言のタイミングを自然と読める様になることはかなり重要だと思う。
そして、頑張ってこのタイミングが分かる様になれば、色々なことができる様になる。
まず、通常の発言は、感覚的にこのタイミングが分かる様になればなにも難しい事は無い。タイミングさえ正確に読めていれば、普通に発言すればよい。
次に、このタイミングでも誰かと発言がかち合う事がある。ミーティングのヒートアップ具合と参加者の面子にもよるが、このタイミングでもほぼ100%だれかと発言がかぶるミーティングも結構ある。逆に言うと、このタイミングに慣れていない人がこの種のミーティングに参加すると、全く発言ができないのは想像できると思う。
このような発言が盛んなミーティングにおいては、タイミングさえきっちり読める様になっていれば、発言をするためには通常よりも少し声を大きくし、ほんの一瞬("just a hair"という)だけこのドンピシャのタイミングより早く発言をし、通常よりも自信ありげに、あたかも同じタイミングで誰かが発言しても引き下がりませんよ、といった感じで発言をする。(ただし、このやり方はこのようなシビアなタイミングのミーティングの時のみに限定した方が良い。通常のミーティングでやると、これも失礼になってしまう。)
ただし大事なのは、このほんの一瞬を早めにしすぎない事である。これを早くしすぎると、力強く発言しているので、この場合は前の発言者が発言をやめてくれることもある。これはいわゆる"Talk over someone"といって、発言者のことを無視して自分の話を始めるという行為なので、ここの文化でもやってはいけない。(ちなみにこれをやってくる人は残念ながら結構いる。)この早すぎるタイミングを繰り返すと、ミーティングのマナーのなっていない人になってしまうので気をつける必要がある。タイミングと同じで、声の大きさや強調の仕方も、さじ加減は経験で判断するしかない。行きすぎると失礼な発言者になってしまうので、このバランスは早くつかんだ方が良い。
もう一つ、このようなシビアなミーティングに参加しだしたら、一つ頭に入れておいた方が良い事がある。もし同タイミングで、同じような強さで誰かと発言がかぶった場合、この発言は絶対に譲れない、といった時ではない場合は、"go ahead"(どうぞ)と譲る事もした方が良い。これは、この欧米文化での発言のタイミングを意識しだし、特に発言の盛んなミーティングに多く参加していると、「発言負けしない様にやらなくては」と、慣れていない自分は意気込み過ぎて、上のような失礼な発言者に近づいていたときがあった。この辺の感覚が麻痺してくるのである。あるミーティングで他の参加者がこの"go ahead"と自分に言った時に、「ハッ」と自分がやり過ぎていた事に気がついた。この辺のバランスも経験するしかないと思うが、自分のこのミスは参考になるかもしれない。
また、発言者によっては、話が終わりそうな雰囲気のあと、また話がもっと続く場合もある。(これはタイミングを読む側の問題ではなく、発言者の考えがまとまっていない時などに起こる)。そういうときは、自分が発言を始めていたら、すぐにやめればよいだけである。こういった発言のフライングは、観察してみると良く起きている事がわかる。これはみんながタイミングを読んで発言をしている事の裏付けでもある。
このフライングをした時には、みんなが使うちょっとした技を紹介する。フライングをして、発言を引っ込めた人が、「いまちょっとタイミング読み違えて発言始めちゃったけど、俺が次の発言権予約したぞ」的な雰囲気をかもし出すのである(笑)。たとえば口を半開きにして、人差し指を何かを説明するジェスチャーにしておいて、話しだす予備動作をあからさまに提示する。「フライングしたけど次は俺だから、だれも発言するなよ」といった感じを出すのである。結構多くの人がこれをやっている。これをすると大抵その状況で他の人は発言はしてこない。
しかし逆に、このような少々アグレッシブな発言が必要条件のミーティングもある。
たとえば力強いリーダーたちがいっぱい集まって、そのミーティングに気の知れた会社の上司がいたりして、みんながそのミーティングでの発言において彼に自分をアピールしたいミーティングなど(笑)。この類いのミーティングに行くとまさに発言戦争である。こういったミーティングではみなかなりアグレッシブに発言してくるので(フライングだらけ)、そこでは自分もアグレッシブに発言をせざるを得ないであろう。どれぐらいシビアかと言うと、感覚としては先のフライング後の話しだす予備動作をしている人に対して、さらにそれを平気でみなフライングしてくるぐらいのペースのミーティングである。ちなみに自分は10年ちょいの仕事のなかで、このようなミーティングに出くわしたのは2回だけである。今後増えるのであろうか?ん〜恐ろしい。
または、参加者のなかに失礼な発言者が入っている場合もある。こういったミーティングにできるだけ出くわさない事を願うのだが、実際にこういったのもたまにではあるが存在する。発言すべきでない人が、みんなを"talk over"してミーティングを荒らす場合がある。この場合においても、ミーティングを正しい方向に運ぶために、その人に対してはアグレッシブに発言をせざるを得ない時もある。
これら全てのケースにおいて、なによりも大事なのは、この正確なタイミングをきちんと読める様になる事である。そして、それを体が覚えていることが理想である。なんだか文字で書くといろいろ大変に聞こえるかもしれないが、このタイミングを体が覚えさえすれば、いろいろな対応をするのは比較的簡単である。タイミングの習得には結構時間がかかるので、早い段階から意識する事をおすすめする。
(補足になるが、これらの方法は英語のミーティングに頻繁に参加しないと実行しにくいため、あまりミーティングに参加する機会の無い場合は、ミーティングに参加する機会を増やす必要がある。参考までに自分がやったのは、自分の招かれていないミーティングに参加させてもらうことである。ミーティングのオーガナイザーが知り合いであれば、単純に勉強のために参加させてほしいと聞けば良い。小さな大事なミーティングでなければ聴講者として参加できる物は結構ある。また、大勢の人が参加している誰でも参加して良いミーティングに参加するのも良い。社内向けのプレゼンテーションなどは誰でも参加できるし、大抵は最後にQ&Aセッションがあり、そこでミーティング的な意見の出し合いになる。その気になれば、仕事上ミーティングに参加する機会があまり無い場合も、以外と参加できるミーティングは見つかる。)
日本と欧米における発言のタイミング、形式の違いに進む
「国際環境の会議でなぜ発言できないか 〜現状分析」に戻る
「熱の入った外国の会議で発言していくには 〜前編」に戻る
「外国での英語における、色々な国の人が集まっている発言が盛んな会議において、日本人がしっかりと発言をし、会議に貢献し、必要においては会議を円滑にリードする」
一行で書く事ができるが、これがなかなか我々日本人にはハードルが高いのは、正に自分の実体験である。これは自分の仕事においてでも、どんなビジネスの交渉においてでも、多種の国籍の人が協力をして、なにかを成し遂げようとする場においては、日本人が直面し、苦労する場面であると思う。今以上にこれからの時代、どんどんとこのような状況が増え、きっちりとディベートできなくてはならなくなってくると思う。
熱の入った外国の会議で発言していくには 〜前編のエントリーを書いてからずいぶんと経ったが、最近ようやく発言が盛んなシビアなミーティングで思う様に発言ができるようになってきた。ここ数年でさらに気づいた事を書いてみたい。
海外でのミーティングに英語で参加すると、外国人に比べ我々日本人がなかなか思う様に発言できないということがよくある。(語学学校に通っている学生の方は、ディベートのクラスなどで似たような経験をしたことがあるかもしれない。自分が高校生の頃、英語の語学学校に一時期通っていたときに、ディベートのクラスの面子はたしか、フランス、ロシア、中国、日本といった具合で、当然みな同じクラスで英語を学んでいる人々なので英会話の経験はみな似た感じのはずなのに、自分を含め日本人があまり発言できていなかったことを鮮明に覚えている)。特に組織のリーダー達が集まるミーティングでは、みな発言の仕方がさらにうまいため、余計に発言が難しくなる。英語の会議に参加して、仮に日常会話ができる人でも、なかなか会議のディベートに参加できないという経験をした事がある人は多いのではないだろうか?
大事なミーティングで積極的に発言してくる外国人に押されずに、きちんと英語で自分の考えを発言し、ディベートできることは多くのビジネスマンやリーダーにとって大事なことである。もちろん英会話がきちんとできる事、いろいろなところで書いているArticulationがうまい事などが欠かせない。しかし、それだけでは満足に発言できないのは自分も経験済みである。
この発言しにくい理由は国際環境での会議はどんな感じか 〜状況説明と国際環境の会議でなぜ発言できないか 〜現状分析に書いたので、今回はそこから実際にどうやったら発言ができるようになるかをさらに考えてみたい。
前回のエントリーでは、ラジオやテレビ番組のトークのディスカッションを聞きながら、こっちの文化での発言のタイミングを覚えるやり方を書いた。これはもちろん有効であるし、自分も取り入れていたのだが、もう少し効果的な方法を思いついたので紹介する。できればラジオとテレビの方法と併用するのが良いだろう。
ミーティングに参加したら、こんなことをしてみるのである。
会議中にだれかが発言をしているとする。そこで、次の人が誰か発言すると仮定したときに、その発言はいつ起きるかを想像してみるのである。いまの発言者の話の真ん中ぐらいのときに、「この辺で誰か発言するかな?」と考えてみる。もちろん、これはタイミングが早すぎるので、当然だれも発言しない。話が少しずつ収束して来ているあたりで、「ここか?」と想像する。おそらくここでも誰も発言しないだろう。つまりここでも少々早すぎる。そして、そうこうしているうちに誰かが次の発言を始めてしまう。要はこの時点でタイミングをミスったわけである。
やる事としてはこれだけである。実際のミーティングに参加した際に、現在行なわれている発言に対して、次の発言者のタイミングを上の様に予測してみるのである。ラジオやテレビでやるのと似ているが、実際に目の前で行なわれている、自分がいずれ発言を思う様にしたい場でこれをやると、より実践的で効果的である。そして、実際にまだ発言をするわけではないので、試みるためのハードルは低い。
この欧米社会でのミーティングにおける発言のタイミングを、日本の文化で育っている我々は探さなくてはいけないという事を、まず意識する事が大事であると思う。探す事を頭にさえ入れれば、聴講者としてでもミーティングに参加し、上のことを続ければ、この外国人のミーティングにおける発言のタイミングは見つかる様になる。
目標は、「ここだろう」と想像したタイミングで実際に次の人が発言をすることである。そして、このタイミングが意識して見つかる様になってきたら、次はそれを体に覚えさせる事である。意識せずとも、次の発言者の話し始めのタイミングが感覚で分かる様になるのが最終目標である。
実際に、続けていればそのうち感覚的に「あ、ここで次の発言はくるな」ということがかなり正確に分かる様になる。面白い事に、この外国人の発言のタイミングは想像以上にブレが無い。実はここが大事で、大体このあたりであろう、ではなく、「ここだ」というタイミングがきちんとあるのである。わかってくると、「あ、いまドンピシャのタイミングあそこだったな。あのタイミングならスムーズに発言できたな。でもだれも発言しなかったな。」といったことが分かる様になる。
外国人のリーダー達は、みなこれを既に感覚的に体得していると思った方が良い。これは欧米文化でのコミュニケーションの経験の差であろう。特に外国で日本人がリーダー職を目指す場合は、このミーティングの発言のタイミングを自然と読める様になることはかなり重要だと思う。
そして、頑張ってこのタイミングが分かる様になれば、色々なことができる様になる。
まず、通常の発言は、感覚的にこのタイミングが分かる様になればなにも難しい事は無い。タイミングさえ正確に読めていれば、普通に発言すればよい。
次に、このタイミングでも誰かと発言がかち合う事がある。ミーティングのヒートアップ具合と参加者の面子にもよるが、このタイミングでもほぼ100%だれかと発言がかぶるミーティングも結構ある。逆に言うと、このタイミングに慣れていない人がこの種のミーティングに参加すると、全く発言ができないのは想像できると思う。
このような発言が盛んなミーティングにおいては、タイミングさえきっちり読める様になっていれば、発言をするためには通常よりも少し声を大きくし、ほんの一瞬("just a hair"という)だけこのドンピシャのタイミングより早く発言をし、通常よりも自信ありげに、あたかも同じタイミングで誰かが発言しても引き下がりませんよ、といった感じで発言をする。(ただし、このやり方はこのようなシビアなタイミングのミーティングの時のみに限定した方が良い。通常のミーティングでやると、これも失礼になってしまう。)
ただし大事なのは、このほんの一瞬を早めにしすぎない事である。これを早くしすぎると、力強く発言しているので、この場合は前の発言者が発言をやめてくれることもある。これはいわゆる"Talk over someone"といって、発言者のことを無視して自分の話を始めるという行為なので、ここの文化でもやってはいけない。(ちなみにこれをやってくる人は残念ながら結構いる。)この早すぎるタイミングを繰り返すと、ミーティングのマナーのなっていない人になってしまうので気をつける必要がある。タイミングと同じで、声の大きさや強調の仕方も、さじ加減は経験で判断するしかない。行きすぎると失礼な発言者になってしまうので、このバランスは早くつかんだ方が良い。
もう一つ、このようなシビアなミーティングに参加しだしたら、一つ頭に入れておいた方が良い事がある。もし同タイミングで、同じような強さで誰かと発言がかぶった場合、この発言は絶対に譲れない、といった時ではない場合は、"go ahead"(どうぞ)と譲る事もした方が良い。これは、この欧米文化での発言のタイミングを意識しだし、特に発言の盛んなミーティングに多く参加していると、「発言負けしない様にやらなくては」と、慣れていない自分は意気込み過ぎて、上のような失礼な発言者に近づいていたときがあった。この辺の感覚が麻痺してくるのである。あるミーティングで他の参加者がこの"go ahead"と自分に言った時に、「ハッ」と自分がやり過ぎていた事に気がついた。この辺のバランスも経験するしかないと思うが、自分のこのミスは参考になるかもしれない。
また、発言者によっては、話が終わりそうな雰囲気のあと、また話がもっと続く場合もある。(これはタイミングを読む側の問題ではなく、発言者の考えがまとまっていない時などに起こる)。そういうときは、自分が発言を始めていたら、すぐにやめればよいだけである。こういった発言のフライングは、観察してみると良く起きている事がわかる。これはみんながタイミングを読んで発言をしている事の裏付けでもある。
このフライングをした時には、みんなが使うちょっとした技を紹介する。フライングをして、発言を引っ込めた人が、「いまちょっとタイミング読み違えて発言始めちゃったけど、俺が次の発言権予約したぞ」的な雰囲気をかもし出すのである(笑)。たとえば口を半開きにして、人差し指を何かを説明するジェスチャーにしておいて、話しだす予備動作をあからさまに提示する。「フライングしたけど次は俺だから、だれも発言するなよ」といった感じを出すのである。結構多くの人がこれをやっている。これをすると大抵その状況で他の人は発言はしてこない。
しかし逆に、このような少々アグレッシブな発言が必要条件のミーティングもある。
たとえば力強いリーダーたちがいっぱい集まって、そのミーティングに気の知れた会社の上司がいたりして、みんながそのミーティングでの発言において彼に自分をアピールしたいミーティングなど(笑)。この類いのミーティングに行くとまさに発言戦争である。こういったミーティングではみなかなりアグレッシブに発言してくるので(フライングだらけ)、そこでは自分もアグレッシブに発言をせざるを得ないであろう。どれぐらいシビアかと言うと、感覚としては先のフライング後の話しだす予備動作をしている人に対して、さらにそれを平気でみなフライングしてくるぐらいのペースのミーティングである。ちなみに自分は10年ちょいの仕事のなかで、このようなミーティングに出くわしたのは2回だけである。今後増えるのであろうか?ん〜恐ろしい。
または、参加者のなかに失礼な発言者が入っている場合もある。こういったミーティングにできるだけ出くわさない事を願うのだが、実際にこういったのもたまにではあるが存在する。発言すべきでない人が、みんなを"talk over"してミーティングを荒らす場合がある。この場合においても、ミーティングを正しい方向に運ぶために、その人に対してはアグレッシブに発言をせざるを得ない時もある。
これら全てのケースにおいて、なによりも大事なのは、この正確なタイミングをきちんと読める様になる事である。そして、それを体が覚えていることが理想である。なんだか文字で書くといろいろ大変に聞こえるかもしれないが、このタイミングを体が覚えさえすれば、いろいろな対応をするのは比較的簡単である。タイミングの習得には結構時間がかかるので、早い段階から意識する事をおすすめする。
(補足になるが、これらの方法は英語のミーティングに頻繁に参加しないと実行しにくいため、あまりミーティングに参加する機会の無い場合は、ミーティングに参加する機会を増やす必要がある。参考までに自分がやったのは、自分の招かれていないミーティングに参加させてもらうことである。ミーティングのオーガナイザーが知り合いであれば、単純に勉強のために参加させてほしいと聞けば良い。小さな大事なミーティングでなければ聴講者として参加できる物は結構ある。また、大勢の人が参加している誰でも参加して良いミーティングに参加するのも良い。社内向けのプレゼンテーションなどは誰でも参加できるし、大抵は最後にQ&Aセッションがあり、そこでミーティング的な意見の出し合いになる。その気になれば、仕事上ミーティングに参加する機会があまり無い場合も、以外と参加できるミーティングは見つかる。)
日本と欧米における発言のタイミング、形式の違いに進む
2011年9月5日月曜日
英会話におけるストーリーテリングの重要性
英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.1
英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.2
英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.3a
英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.3b
まず始めに、簡単な例を考えてみた。
"Geez, it's been raining all week, I really hope it doesn't rain on Sunday".(おおい、今週ずっと雨降ってるけど、日曜は降らないでくれよ。)
すごくなんでもないフレーズだが、誰かに
(A). 普通のスピードで、真顔で表情をいっさい変えず、声の音程も普通の高さをずっと維持し、ただ棒読みしてみよう。
"Geez, it's been raining all week, I really hope it doesn't rain on Sunday".
おそらく「ふ〜ん」と言われるか、"yeah"の一言を返されるか、「ん?何か答えた方がいいの?」といった感じになるかもしれない。
そして次は、
(B).
* "Geez"を空を見上げ目を少し見開き、「じーず」ではなく、
「じ・いーず」風に、「い」を強調して
* "It's been raining all week"の部分は首を左右にふり、"all"と"week"を
強調しスタッカート調に
* 3秒間合いを開ける
* そして"I really hope"の部分は、"really"を目を大きく開けて首を二回ほ
ど上下に振りながら、単語をゆっくり「り〜り」のように伸ばし、初
めの「り」をより強調して言い
* "it doesn't rain on Sunday"は普通に
例)"「じ・いーず」, it's been raining ALL WEEK, ..... I「り〜り」hope it doesn't rain on Sunday".
(A)と(B)とでは同じフレーズでも、表現の仕方で伝わり方がかなり違ってくる。(B)の方が相手が自分の言っている事に親近感を持ってくれるであろうし、説得力もある。おそらく「ふ〜ん」よりも会話が進むであろう。コニュニケーションとしての質が高いと言えるかもしれない。
自分が思うに、英語を母国語ではない人が話しているのを聞いていて、「うまいなあ」と思うのは、こういった種のコミュニケーションのできている人である。このコミュニケーションのうまい下手に、文法、発音、単語力などは関係ない。
実際に、(B)はジャパングリッシュでも、完璧なネイティブな発音でもあまり効果は変わらない。逆に(A)をどんなに完璧な発音で話しても面白かったり興味深くは絶対に聞こえない。
英語における雑談のなかで、極めて重要と考えるストーリーテリングなので、かなり長いエントリーになる。長いので3つの副題で区切ってみた。
1. ストーリーテリングとは?なぜ大切か。
2. ストーリーテリングは難しい?
3. ストーリーテリングを上達させるには?
3a. まずは短いストーリーを用意する
3b. 「話せない」経験をしたら次は?
3c. 上達のポイント
1. ストーリーテリングとは?なぜ大切か。
ストーリーテリング、すなわち自分の経験談や自分の知っている興味深かったり、面白い話を英語で友達に「語る」事である。会議や仕事の事務的な会話みたく、伝えたい事を簡潔に分かりやすく話すのが目的ではなく、物語を相手に楽しんでもらえる様に語るスキルである。
我々に一番馴染み深い例が、日本のバラエティー番組でのトークであろう。芸人や俳優が興味深い話をおもしろおかしく披露し合うあの感じである。話のうまい人が、面白く興味深い話を披露すると、その場に居る人や視聴者を楽しませることができる。
英語におけるストーリーテリングの難しさや、上達法の前に、なぜストーリーテリングが大切かと自分が考えるか。これは、
「コミュニケーションがより楽しくなる」
「コミュニケーションの質が上がる」
「雑談の基本構成であるから」
「うまい人の雑談は、大部分がストーリーテリングによって行なわれているから」
である。楽しくみんなで話すのは雑談の基盤、つまり社交性の基盤でもあるからである。
ストーリーテリングがうまくできる様になると、英語での雑談がもっと楽しくなり、社交性が上がる。英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.1でも書いたが、外国人のホームパーティーやランチが苦痛ではなくなる(笑)。
海外で仕事、生活をしていると、パーティーやランチなどに誘われた時に、仲間と英語で会話をしていてもどうも楽しめない、という経験をしたことがある人は多いはずである。自分もそんな時期が何年もあった。日本語と同じ様に英語での雑談が楽しめればと思ったことがある人は自分だけではないはずである。
ストーリーテリングができるようになると、この問題がずいぶんと解決される。
2. ストーリーテリングは難しい?
日本語でも当然トークがうまい人と、そうでない人もいる。同じストーリーでも、語り手によって聞こえ方や面白さが全然変わってくる。これはストーリーテリングのスキルである。日本語でも得手不得手があるストーリーテリングは、当然外国語でも難しい。
しかし、日本語で難しければ難しいほど、早めから徐々に取り入れるべきだと思う。日本語でも難しいことこそ、他言語での実用的なコミュニケーショにすごく大事だったりする。
日本語でも難しい場合は、逆に言うと言語だけを覚えても自然とできるようにはならないという事でもあると思う。日本語でもできない(難しい)ことを英語でできるわけがない、と考えるのではなく、英語を覚えると自然とできるものではない、語学力とは別のスキルなので、早い段階から意識して経験を積んだ方が良いと自分は考える。
ちなみにこのエントリーは「英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法」のPart.5もしくはカジュアルトークの第4ステップに相当する。(Part.4および第3ステップはこのエントリーの簡易版なので次回にまわす。)
もし「英語でのカジュアルトーク(雑談)上達法」を読んでいただいた方には、「第4ステップか、先長いな」と思われるかもしれないが、第3ステップまででも十分に雑談はできるし、もっと大事な事は、第4ステップはすごく大事なので、早い段階からゆっくりと徐々に取り入れた方が良いと思うことである。
自分はそれをしなかったので、英語が満足に話せるようになってもストーリーテリングができない、つまり英語におけるコミュニケーションにおける表現力が未熟、という経験をした。
3. ストーリーテリングを上達させるには?
まず、ストーリーテリングを試みるのはどれくらいの英会話ができるようになってからがよいのか。理想は日常会話が満足にできる「前」から始めるべきだと今は思う。
もちろん日常会話が不自由な段階でストーリーテリングをするのはより難しいが、それでもやる価値があると思う。
自分が行なった具体的なやり方はこうである。
3a. まずは短いストーリーを用意する
まず、自分の体験でも良いし、もしくは知人の話、面白いニュースなど、なにか短くて、興味深く、面白いストーリーを一つ見つける。
英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.2 の第4ステップのリストを利用すると
-自分の面白い経験談
-面白い話
-面白い記事、情報
-自分の見た、笑ったテレビ番組、ラジオ
-自分の見た、興味深いテレビ番組、ラジオ
-自分の見た、面白い映画の話
-自分の面白い友人の話
など。これは日本語のストーリーでも良い。そして、一度それを誰かに英語で話してみる。ポイントは、短いストーリーであること。理想を言うと、自分の経験した面白かった出来事が良い。その自分の面白かった体験を、英語で語って面白さを体感してもらうのが目的であるからである。相手が自分のした面白かった体験を、自分のストーリーテリングによって体感してくれているか(していないか(苦笑))が一番分かりやすいからである。
もちろん相手無しで一人でやっても良いが、やはり実践が良いだろう。友達と学校や仕事場でも良いし、昼食中でもよい。もし日本語での体験談や、日本語の出来事を英語で話すのが難しい場合は、まず時間をかけて英語に訳してもよいだろう。仮に文章がまるまる紙に書いてあっても、それをうまく語るのは別のスキルであるからである。
もしストーリーテリングの切り出し方が分からない場合は、オーソドックスな方法で、
"So... I was" (ところで、。。。)
と沈黙がある時に友達に唐突に切り出せば良い。もしくは、誰かが似たような話題を持ち出した直ぐ後に切り出すのも良くあるパターンである。ちなみにこの切り出すタイミングも繰り返しているとつかめてくる。
例えば、
"So... I was at this party with my roommate last night..."
(ところで、昨晩ルームメイトとパーティー行ったんだけどさ。。。)
"So... I was reading this Japanese news yesterday..."
(ところで、昨日日本のニュース読んだんだけど。。。)
"So... I was at this rental car place earlier..."
(ところで、さっきレンタカーしにいったんだけど。。。)
そしておそらく起こる事は、沈黙がありすぎたり、途中でつまってしまって最後まで話が続かなかったり、何を言っているか分からなくなったり、オチをうまく話せなかったり。
すると愛想笑いをしてくれるか、親切にぎこちない話に付き合ってくれるか。最悪「何が言いたいんだ?」「なんでそんな話したんだ?」といった雰囲気ができるかぐらいであろう。でもそこは勇気をもって失敗する。まあ通常は外人は英語がうまくない日本人にやさしいので、失敗しても大丈夫だろう。
大事なのは、とにかく簡単なストーリーを誰かに英語で語ってみる。そして、うまく英語でおもしろおかしく「話せない」体験をまずすること(酷!)。
3b.「話せない」経験をしたら次は?
すると、次はちょっと話し方を変えてみる。めげずに何度も「同じ話」をしてみる。自分も何度も短い同じ話を色々な人にしていた。(もちろん同じ人に同じ話をしない様に(笑))。
とにかくストーリーテリングに「慣れる」ことが大事である。これは英語の日常会話がまだ難しい人も、事前に用意された短い自分の体験や、面白いニュースを話す試みはできるであろう。
英語のレベルにあまり関わらず、一度用意された短い同じストーリを、何度も語るわけなので、これは何度もやっているうちに少しずつうまくなってくる。
同じストーリーを反復練習したのではストーリーテリングがうまくなるわけではないのでは?と思うかもしれないが、これは自分の体験から、同じストーリーを反復練習していても、英語でストーリーを語るという「こつ」がつかめてくる。
そして、そのストーリーをうまく語れる様になると、その試行錯誤の経験が、次のストーリーを語る時に少しずつ効いてくる。
もちろんこのストーリーは練習しまくったのでうまく話せるが、次の新しいストーリーはまたうまくいかない。でもこれの繰り返しで何個もストーリーテリングをしていると、だんだんストーリーテリングに共通した要領がつかめてくる。
たとえばあるストーリーのオチを、反復練習の結果ある表情とトーンで話すとうまく伝わり、より面白く聞こえるとする。その感じで語るこつを覚えれば、慣れてくればどんなストーリーを語っている時でも、練習せずともそのような場面で自然と面白く語れる様になるというわけである。
ストーリーテリングは、短い体験談を反復練習することによって、一つでもうまく語れる様になると、上達が感じられてモチベーションも続く。もちろんその体験談はすぐに雑談に使えるわけで、結果も見える。そして、反復練習なので、やればやるほどうまくなる。
3c. 上達のポイント
自分の考える上達のポイントは簡単で、
- うまい人をまねすることにより、単語/フレーズ/表現の緩急と
タイミング、トーン、声量(発音が含まれない点に注意)、表情や
ジェスチャーの使い方を感覚で覚える
- 不必要な間を作らない
- 上の二つを意識しながら、とにかくうまくなるまで同じストーリー
を何度も多くの人に披露する
ストーリーテリングが、通常の会話と違う所は、話の「流れ」が大事である点である。一番初めの例のように、おなじ話でも緩急の付け方、フレーズのトーンなど、話し方によって聞こえ方が全く違ってくる。これは会議で相手に意思を簡潔に伝えるのとはノウハウがまた違う。
話し方を覚えるために自分がよくやったのは、仲の良い友達や、気心のしれた知り合いが学校や会社にいるのであれば、そのひとに繰り返し同じストーリーを話して聞いてもらう。"shit talk"(雑談のスラング)の練習に付き合ってくれというと、大体欧米人はおもしろがって付き合ってくれる。
気前の良い友達なら、より良い語り方を教えてくれる人もいる。自分は仕事の後にバーでよくこれに友達に付き合ってもらっていた(感謝!)。"How would you tell the story?"(おまえだったらこのストーリーどうやって語る?)とストーリーテリングがうまい人に聞けば良い。
話し方をいろいろ変え、面白い語り方を見つける。そして、うまい人に自分のストーリーを語ってもらい、そこから、うまい人の語りの緩急のつけ方などを覚えるのである。この2点だけである。
先にも書いたが、目標は、反復練習によりいろいろな語りのこつを覚え、どんなストーリーでも練習せずとも自然とうまい表現で語れる様になることである。
ちなみに目安としては、相手が自分の話を待ってくれている、愛想笑いをしてくれる、落ちが来るのをまっていて、来たタイミングでわらってくれる、などは全部向上余地がある。本当に話をうまく話せていると、相手が興味津々で自分の話を聞いているのがわかるはずである。
自分はこの英語でのストーリーテリングができる様になってきたあたりで、外国人との雑談が日本人と話している時の感覚で楽しめる様になってきた覚えがある。
雑談が楽しめる様になると海外での生活がずいぶん楽になる。ストーリーテリングはできるだけ早い段階から習得を試みると良いと思う。
英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.2
英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.3a
英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.3b
まず始めに、簡単な例を考えてみた。
"Geez, it's been raining all week, I really hope it doesn't rain on Sunday".(おおい、今週ずっと雨降ってるけど、日曜は降らないでくれよ。)
すごくなんでもないフレーズだが、誰かに
(A). 普通のスピードで、真顔で表情をいっさい変えず、声の音程も普通の高さをずっと維持し、ただ棒読みしてみよう。
"Geez, it's been raining all week, I really hope it doesn't rain on Sunday".
おそらく「ふ〜ん」と言われるか、"yeah"の一言を返されるか、「ん?何か答えた方がいいの?」といった感じになるかもしれない。
そして次は、
(B).
* "Geez"を空を見上げ目を少し見開き、「じーず」ではなく、
「じ・いーず」風に、「い」を強調して
* "It's been raining all week"の部分は首を左右にふり、"all"と"week"を
強調しスタッカート調に
* 3秒間合いを開ける
* そして"I really hope"の部分は、"really"を目を大きく開けて首を二回ほ
ど上下に振りながら、単語をゆっくり「り〜り」のように伸ばし、初
めの「り」をより強調して言い
* "it doesn't rain on Sunday"は普通に
例)"「じ・いーず」, it's been raining ALL WEEK, ..... I「り〜り」hope it doesn't rain on Sunday".
(A)と(B)とでは同じフレーズでも、表現の仕方で伝わり方がかなり違ってくる。(B)の方が相手が自分の言っている事に親近感を持ってくれるであろうし、説得力もある。おそらく「ふ〜ん」よりも会話が進むであろう。コニュニケーションとしての質が高いと言えるかもしれない。
自分が思うに、英語を母国語ではない人が話しているのを聞いていて、「うまいなあ」と思うのは、こういった種のコミュニケーションのできている人である。このコミュニケーションのうまい下手に、文法、発音、単語力などは関係ない。
実際に、(B)はジャパングリッシュでも、完璧なネイティブな発音でもあまり効果は変わらない。逆に(A)をどんなに完璧な発音で話しても面白かったり興味深くは絶対に聞こえない。
英語における雑談のなかで、極めて重要と考えるストーリーテリングなので、かなり長いエントリーになる。長いので3つの副題で区切ってみた。
1. ストーリーテリングとは?なぜ大切か。
2. ストーリーテリングは難しい?
3. ストーリーテリングを上達させるには?
3a. まずは短いストーリーを用意する
3b. 「話せない」経験をしたら次は?
3c. 上達のポイント
1. ストーリーテリングとは?なぜ大切か。
ストーリーテリング、すなわち自分の経験談や自分の知っている興味深かったり、面白い話を英語で友達に「語る」事である。会議や仕事の事務的な会話みたく、伝えたい事を簡潔に分かりやすく話すのが目的ではなく、物語を相手に楽しんでもらえる様に語るスキルである。
我々に一番馴染み深い例が、日本のバラエティー番組でのトークであろう。芸人や俳優が興味深い話をおもしろおかしく披露し合うあの感じである。話のうまい人が、面白く興味深い話を披露すると、その場に居る人や視聴者を楽しませることができる。
英語におけるストーリーテリングの難しさや、上達法の前に、なぜストーリーテリングが大切かと自分が考えるか。これは、
「コミュニケーションがより楽しくなる」
「コミュニケーションの質が上がる」
「雑談の基本構成であるから」
「うまい人の雑談は、大部分がストーリーテリングによって行なわれているから」
である。楽しくみんなで話すのは雑談の基盤、つまり社交性の基盤でもあるからである。
ストーリーテリングがうまくできる様になると、英語での雑談がもっと楽しくなり、社交性が上がる。英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.1でも書いたが、外国人のホームパーティーやランチが苦痛ではなくなる(笑)。
海外で仕事、生活をしていると、パーティーやランチなどに誘われた時に、仲間と英語で会話をしていてもどうも楽しめない、という経験をしたことがある人は多いはずである。自分もそんな時期が何年もあった。日本語と同じ様に英語での雑談が楽しめればと思ったことがある人は自分だけではないはずである。
ストーリーテリングができるようになると、この問題がずいぶんと解決される。
2. ストーリーテリングは難しい?
日本語でも当然トークがうまい人と、そうでない人もいる。同じストーリーでも、語り手によって聞こえ方や面白さが全然変わってくる。これはストーリーテリングのスキルである。日本語でも得手不得手があるストーリーテリングは、当然外国語でも難しい。
しかし、日本語で難しければ難しいほど、早めから徐々に取り入れるべきだと思う。日本語でも難しいことこそ、他言語での実用的なコミュニケーショにすごく大事だったりする。
日本語でも難しい場合は、逆に言うと言語だけを覚えても自然とできるようにはならないという事でもあると思う。日本語でもできない(難しい)ことを英語でできるわけがない、と考えるのではなく、英語を覚えると自然とできるものではない、語学力とは別のスキルなので、早い段階から意識して経験を積んだ方が良いと自分は考える。
ちなみにこのエントリーは「英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法」のPart.5もしくはカジュアルトークの第4ステップに相当する。(Part.4および第3ステップはこのエントリーの簡易版なので次回にまわす。)
もし「英語でのカジュアルトーク(雑談)上達法」を読んでいただいた方には、「第4ステップか、先長いな」と思われるかもしれないが、第3ステップまででも十分に雑談はできるし、もっと大事な事は、第4ステップはすごく大事なので、早い段階からゆっくりと徐々に取り入れた方が良いと思うことである。
自分はそれをしなかったので、英語が満足に話せるようになってもストーリーテリングができない、つまり英語におけるコミュニケーションにおける表現力が未熟、という経験をした。
3. ストーリーテリングを上達させるには?
まず、ストーリーテリングを試みるのはどれくらいの英会話ができるようになってからがよいのか。理想は日常会話が満足にできる「前」から始めるべきだと今は思う。
もちろん日常会話が不自由な段階でストーリーテリングをするのはより難しいが、それでもやる価値があると思う。
自分が行なった具体的なやり方はこうである。
3a. まずは短いストーリーを用意する
まず、自分の体験でも良いし、もしくは知人の話、面白いニュースなど、なにか短くて、興味深く、面白いストーリーを一つ見つける。
英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.2 の第4ステップのリストを利用すると
-自分の面白い経験談
-面白い話
-面白い記事、情報
-自分の見た、笑ったテレビ番組、ラジオ
-自分の見た、興味深いテレビ番組、ラジオ
-自分の見た、面白い映画の話
-自分の面白い友人の話
など。これは日本語のストーリーでも良い。そして、一度それを誰かに英語で話してみる。ポイントは、短いストーリーであること。理想を言うと、自分の経験した面白かった出来事が良い。その自分の面白かった体験を、英語で語って面白さを体感してもらうのが目的であるからである。相手が自分のした面白かった体験を、自分のストーリーテリングによって体感してくれているか(していないか(苦笑))が一番分かりやすいからである。
もちろん相手無しで一人でやっても良いが、やはり実践が良いだろう。友達と学校や仕事場でも良いし、昼食中でもよい。もし日本語での体験談や、日本語の出来事を英語で話すのが難しい場合は、まず時間をかけて英語に訳してもよいだろう。仮に文章がまるまる紙に書いてあっても、それをうまく語るのは別のスキルであるからである。
もしストーリーテリングの切り出し方が分からない場合は、オーソドックスな方法で、
"So... I was" (ところで、。。。)
と沈黙がある時に友達に唐突に切り出せば良い。もしくは、誰かが似たような話題を持ち出した直ぐ後に切り出すのも良くあるパターンである。ちなみにこの切り出すタイミングも繰り返しているとつかめてくる。
例えば、
"So... I was at this party with my roommate last night..."
(ところで、昨晩ルームメイトとパーティー行ったんだけどさ。。。)
"So... I was reading this Japanese news yesterday..."
(ところで、昨日日本のニュース読んだんだけど。。。)
"So... I was at this rental car place earlier..."
(ところで、さっきレンタカーしにいったんだけど。。。)
そしておそらく起こる事は、沈黙がありすぎたり、途中でつまってしまって最後まで話が続かなかったり、何を言っているか分からなくなったり、オチをうまく話せなかったり。
すると愛想笑いをしてくれるか、親切にぎこちない話に付き合ってくれるか。最悪「何が言いたいんだ?」「なんでそんな話したんだ?」といった雰囲気ができるかぐらいであろう。でもそこは勇気をもって失敗する。まあ通常は外人は英語がうまくない日本人にやさしいので、失敗しても大丈夫だろう。
大事なのは、とにかく簡単なストーリーを誰かに英語で語ってみる。そして、うまく英語でおもしろおかしく「話せない」体験をまずすること(酷!)。
3b.「話せない」経験をしたら次は?
すると、次はちょっと話し方を変えてみる。めげずに何度も「同じ話」をしてみる。自分も何度も短い同じ話を色々な人にしていた。(もちろん同じ人に同じ話をしない様に(笑))。
とにかくストーリーテリングに「慣れる」ことが大事である。これは英語の日常会話がまだ難しい人も、事前に用意された短い自分の体験や、面白いニュースを話す試みはできるであろう。
英語のレベルにあまり関わらず、一度用意された短い同じストーリを、何度も語るわけなので、これは何度もやっているうちに少しずつうまくなってくる。
同じストーリーを反復練習したのではストーリーテリングがうまくなるわけではないのでは?と思うかもしれないが、これは自分の体験から、同じストーリーを反復練習していても、英語でストーリーを語るという「こつ」がつかめてくる。
そして、そのストーリーをうまく語れる様になると、その試行錯誤の経験が、次のストーリーを語る時に少しずつ効いてくる。
もちろんこのストーリーは練習しまくったのでうまく話せるが、次の新しいストーリーはまたうまくいかない。でもこれの繰り返しで何個もストーリーテリングをしていると、だんだんストーリーテリングに共通した要領がつかめてくる。
たとえばあるストーリーのオチを、反復練習の結果ある表情とトーンで話すとうまく伝わり、より面白く聞こえるとする。その感じで語るこつを覚えれば、慣れてくればどんなストーリーを語っている時でも、練習せずともそのような場面で自然と面白く語れる様になるというわけである。
ストーリーテリングは、短い体験談を反復練習することによって、一つでもうまく語れる様になると、上達が感じられてモチベーションも続く。もちろんその体験談はすぐに雑談に使えるわけで、結果も見える。そして、反復練習なので、やればやるほどうまくなる。
3c. 上達のポイント
自分の考える上達のポイントは簡単で、
- うまい人をまねすることにより、単語/フレーズ/表現の緩急と
タイミング、トーン、声量(発音が含まれない点に注意)、表情や
ジェスチャーの使い方を感覚で覚える
- 不必要な間を作らない
- 上の二つを意識しながら、とにかくうまくなるまで同じストーリー
を何度も多くの人に披露する
ストーリーテリングが、通常の会話と違う所は、話の「流れ」が大事である点である。一番初めの例のように、おなじ話でも緩急の付け方、フレーズのトーンなど、話し方によって聞こえ方が全く違ってくる。これは会議で相手に意思を簡潔に伝えるのとはノウハウがまた違う。
話し方を覚えるために自分がよくやったのは、仲の良い友達や、気心のしれた知り合いが学校や会社にいるのであれば、そのひとに繰り返し同じストーリーを話して聞いてもらう。"shit talk"(雑談のスラング)の練習に付き合ってくれというと、大体欧米人はおもしろがって付き合ってくれる。
気前の良い友達なら、より良い語り方を教えてくれる人もいる。自分は仕事の後にバーでよくこれに友達に付き合ってもらっていた(感謝!)。"How would you tell the story?"(おまえだったらこのストーリーどうやって語る?)とストーリーテリングがうまい人に聞けば良い。
話し方をいろいろ変え、面白い語り方を見つける。そして、うまい人に自分のストーリーを語ってもらい、そこから、うまい人の語りの緩急のつけ方などを覚えるのである。この2点だけである。
先にも書いたが、目標は、反復練習によりいろいろな語りのこつを覚え、どんなストーリーでも練習せずとも自然とうまい表現で語れる様になることである。
ちなみに目安としては、相手が自分の話を待ってくれている、愛想笑いをしてくれる、落ちが来るのをまっていて、来たタイミングでわらってくれる、などは全部向上余地がある。本当に話をうまく話せていると、相手が興味津々で自分の話を聞いているのがわかるはずである。
自分はこの英語でのストーリーテリングができる様になってきたあたりで、外国人との雑談が日本人と話している時の感覚で楽しめる様になってきた覚えがある。
雑談が楽しめる様になると海外での生活がずいぶん楽になる。ストーリーテリングはできるだけ早い段階から習得を試みると良いと思う。
2011年8月21日日曜日
更新再開、グーグルごめんよ
更新がもう半年以上止まっていたのだが、実はさぼっていたのは4ヶ月
ほどで、ここ数ヶ月はブログアカウントと格闘していた。ブランクの後
更新しようとすると、アカウントが無くなっていた。と思ったのは自分
の勘違いで、ログイン名を間違えていた(大あほ。。。まあ勘違いした
理由は一応あるのだがこれ以上恥をさらさないために割愛)。
ここ数ヶ月アカウント復活の為いろいろと試し、そろそろあきらめ
ブログを移動しようかとも考えたが、アカウントにアクセスできない
ため移動先のアドレスも書けないからそれも断念。などと試行錯誤して
いたのだが先週正しいログイン名を思い出し解決。結果巻き込んだのは
友人二人とフォーラムのボランティアの方、gmailのサポートの方。本当
にごめんなさい。(というか本当にちゃんと謝った)。こういう事を
すると初心に返れて良い経験だった。などと超プラス思考で更新再開。
更新はまた5日から始めようと思うが、今自分の中で熱いテーマは
"Story telling"。実践向けの英会話で、大事だと思う事を思い浮かべ
ると5つ思いついた。
*アドリブ
*雑談、社交性
*アーティキュレーション (Articulation)
*ストーリーテリング (Story telling。ストーリー、経験を語る)
*センスオブヒューマー (ユーモア)
次はこのうちのストーリーテリングの重要さ、難しさ、上達法を考えて
みたい。
ほどで、ここ数ヶ月はブログアカウントと格闘していた。ブランクの後
更新しようとすると、アカウントが無くなっていた。と思ったのは自分
の勘違いで、ログイン名を間違えていた(大あほ。。。まあ勘違いした
理由は一応あるのだがこれ以上恥をさらさないために割愛)。
ここ数ヶ月アカウント復活の為いろいろと試し、そろそろあきらめ
ブログを移動しようかとも考えたが、アカウントにアクセスできない
ため移動先のアドレスも書けないからそれも断念。などと試行錯誤して
いたのだが先週正しいログイン名を思い出し解決。結果巻き込んだのは
友人二人とフォーラムのボランティアの方、gmailのサポートの方。本当
にごめんなさい。(というか本当にちゃんと謝った)。こういう事を
すると初心に返れて良い経験だった。などと超プラス思考で更新再開。
更新はまた5日から始めようと思うが、今自分の中で熱いテーマは
"Story telling"。実践向けの英会話で、大事だと思う事を思い浮かべ
ると5つ思いついた。
*アドリブ
*雑談、社交性
*アーティキュレーション (Articulation)
*ストーリーテリング (Story telling。ストーリー、経験を語る)
*センスオブヒューマー (ユーモア)
次はこのうちのストーリーテリングの重要さ、難しさ、上達法を考えて
みたい。
2011年1月3日月曜日
英会話における「アドリブ力」の重要性
もうずいぶん前になるが、仕事場で起きた出来事である。
あるプロジェクトで、同僚と二人でプレゼンの準備をしており、
そのプレゼンの際の役割分担をしている時である。このプレゼン
中に5分ほどの映像クリップを流す必要があり、二人の役割分担
をきめながらその同僚が、
「じゃありょうはこの映像を流しているときに、適当に映像に
合わせて見ている場面の内容を説明してくれないか?」
と言ってきた。
ああ"Ok"と軽く返事をし、同僚がその映像を流した際に気づいた
事は、まったく流れている映像に合わせて、英語で「適当に」
コメントが出来なかったのである。うまく出来ない自分を気遣い、
じゃあ俺が手本を見せるよ、と、その同僚はすらすらと流れる映像
にコメントをアドリブでつけてみせてくれた。この同僚は英語が
母国語の、会社のリーダーの一人である。
ほらこんな具合に、簡単だろ、と。手本まで見せられて再度
自分がやってみると、それでもうまくまねすら出来なかった。
その当時仕事の上でも英会話はあまり不自由がなかったため、
その経験がかなりショックだった。。。
日本語で考えると当然のことなのだが、慣れた相手といつもの
会話をするのと、とっさの状況でアドリブでうまく何かを話すの
では必要な会話のスキルが違うと思う。上の映像にコメント
をつける例は、英語においてもアドリブが難しいということに
自分が気づいたきっかけであった。
しかし、あまり一般的にはアドリブが英会話のスキルのなかで
大事と強調したり、英語教育でアドリブ力を磨こう!といった
類いのことはあまり聞いた事がない。また、それを試す方法、
および上達させる為の方法論もあまり聞かない。
ここ最近、この英会話における「アドリブ力」、英会話力を
より実用的にする為に、もしかしたら一番重要な要素かもし
れないと思うのである。
以下のような例を考えてみてほしい。
ビジネス:
- 新しい仕事の為の面接の時に、何かうまく自分をアピール
しなくてはいけない時の会話
- マネジャーや上司と、給料など何か権利や条件の
交渉をしている時の会話
- 突然準備無しに人前に立ってスピーチをしなくてはならない時の英語
- なにかプレゼンテーション後の、ステージ上での質問に対する応答
- プレゼンで緊張したときに、準備していない事を
言わなくてはいけない時
- ミーティング中の流れの中での発言
- 電話やビデオ会議で、相手の顔が見えにくいなか、発言を一回で
まとめてうまくしなくてはならない時の会話
日常:
- ランチなどの列に並んでいる時に、前後の顔見知りではない
仕事仲間となにか話をしないと気まずい時の会話
- ホームパーティーやバーにおける知り合ったばかりの人との会話
- エレベーターの中での近所の知り合いとの雑談
- 突然駐車場で気の強い外国人ともめた時に、がああと言われた
時に言い返したいとき(笑)
コミュニケーションのなかで、大事な場面ほど結構準備をしていない
時にくると思う。そして自分の意見を待ってくれないか、その場で簡潔
に言わないと効果が軽減する場合が多いと思う。
仮に日常会話や仕事場で通常は英語が不自由がない人でも、
上のような状況ではうまく言いたい事が言えなかった経験を
した事がある人は多いのではないだろうか?
これらのどの場面でも共通しているのが、とっさに自分の思った
事を、きっちりアドリブで伝えなくてはいけないという点である
と思う。
そして、このアドリブ力が向上すると、うれしいことに雑談が
楽になり、各種交渉がうまくなり、プレゼンで脱線しても回復でき、
会議で発言がより出来る様になり、突然言われても人前で話がしや
すくなり、そして、道路や駐車場で喧嘩したときに外国人を説き伏せ
る事が出来る様になるといったように、良い事尽くめである(笑)!
さてここで問題は、上のリストのような場面に頻繁に出くわす人は
知っているかもしれないが、自分が映像のコメントの例が無くては
気づかなかった様に、通常は英会話における自分のアドリブ力の有無
をあまり把握はしていないのではないかと思うのである。
そこで、上の例の経験から、こんなことをしてみた。特に英会話
に自信のある人にはぜひトライしてみてほしい。
www.youtube.comに行き、何でも良いので目についた映像を
瞬時にクリックする。そして、何も下準備無しに初めて見る映像を
英語で実況中継してみるのである。英会話が得意な人でも、やって
みると以外にこれが難しい事に気づくと思う。コメントがまったく
途切れず、気まずい沈黙もなく、おもしろおかしくその初めてみる
映像をすらすら実況中継できるのが目標である。
そして、実際に試してみたのだが、自分の周りの英語が母国語で
コミュニケーションが得意な人達は、これをすらすらとやってのけ
られた。
欧米人は、自分の意見をがんがん言う文化のせいかは分からないが、
このアドリブの経験が日本人に比べてよりあるような気がする。
さらには英語は我々にとって第二外国語なので、アドリブをきかせ
る為にはより訓練が必要である。
以外と見落とされがちな英会話におけるアドリブ力、磨くと英会話
全般の、特に重要な場面でのコミュニケーション力がすごく向上する
ので、ぜひ試してみてほしい。
あるプロジェクトで、同僚と二人でプレゼンの準備をしており、
そのプレゼンの際の役割分担をしている時である。このプレゼン
中に5分ほどの映像クリップを流す必要があり、二人の役割分担
をきめながらその同僚が、
「じゃありょうはこの映像を流しているときに、適当に映像に
合わせて見ている場面の内容を説明してくれないか?」
と言ってきた。
ああ"Ok"と軽く返事をし、同僚がその映像を流した際に気づいた
事は、まったく流れている映像に合わせて、英語で「適当に」
コメントが出来なかったのである。うまく出来ない自分を気遣い、
じゃあ俺が手本を見せるよ、と、その同僚はすらすらと流れる映像
にコメントをアドリブでつけてみせてくれた。この同僚は英語が
母国語の、会社のリーダーの一人である。
ほらこんな具合に、簡単だろ、と。手本まで見せられて再度
自分がやってみると、それでもうまくまねすら出来なかった。
その当時仕事の上でも英会話はあまり不自由がなかったため、
その経験がかなりショックだった。。。
日本語で考えると当然のことなのだが、慣れた相手といつもの
会話をするのと、とっさの状況でアドリブでうまく何かを話すの
では必要な会話のスキルが違うと思う。上の映像にコメント
をつける例は、英語においてもアドリブが難しいということに
自分が気づいたきっかけであった。
しかし、あまり一般的にはアドリブが英会話のスキルのなかで
大事と強調したり、英語教育でアドリブ力を磨こう!といった
類いのことはあまり聞いた事がない。また、それを試す方法、
および上達させる為の方法論もあまり聞かない。
ここ最近、この英会話における「アドリブ力」、英会話力を
より実用的にする為に、もしかしたら一番重要な要素かもし
れないと思うのである。
以下のような例を考えてみてほしい。
ビジネス:
- 新しい仕事の為の面接の時に、何かうまく自分をアピール
しなくてはいけない時の会話
- マネジャーや上司と、給料など何か権利や条件の
交渉をしている時の会話
- 突然準備無しに人前に立ってスピーチをしなくてはならない時の英語
- なにかプレゼンテーション後の、ステージ上での質問に対する応答
- プレゼンで緊張したときに、準備していない事を
言わなくてはいけない時
- ミーティング中の流れの中での発言
- 電話やビデオ会議で、相手の顔が見えにくいなか、発言を一回で
まとめてうまくしなくてはならない時の会話
日常:
- ランチなどの列に並んでいる時に、前後の顔見知りではない
仕事仲間となにか話をしないと気まずい時の会話
- ホームパーティーやバーにおける知り合ったばかりの人との会話
- エレベーターの中での近所の知り合いとの雑談
- 突然駐車場で気の強い外国人ともめた時に、がああと言われた
時に言い返したいとき(笑)
コミュニケーションのなかで、大事な場面ほど結構準備をしていない
時にくると思う。そして自分の意見を待ってくれないか、その場で簡潔
に言わないと効果が軽減する場合が多いと思う。
仮に日常会話や仕事場で通常は英語が不自由がない人でも、
上のような状況ではうまく言いたい事が言えなかった経験を
した事がある人は多いのではないだろうか?
これらのどの場面でも共通しているのが、とっさに自分の思った
事を、きっちりアドリブで伝えなくてはいけないという点である
と思う。
そして、このアドリブ力が向上すると、うれしいことに雑談が
楽になり、各種交渉がうまくなり、プレゼンで脱線しても回復でき、
会議で発言がより出来る様になり、突然言われても人前で話がしや
すくなり、そして、道路や駐車場で喧嘩したときに外国人を説き伏せ
る事が出来る様になるといったように、良い事尽くめである(笑)!
さてここで問題は、上のリストのような場面に頻繁に出くわす人は
知っているかもしれないが、自分が映像のコメントの例が無くては
気づかなかった様に、通常は英会話における自分のアドリブ力の有無
をあまり把握はしていないのではないかと思うのである。
そこで、上の例の経験から、こんなことをしてみた。特に英会話
に自信のある人にはぜひトライしてみてほしい。
www.youtube.comに行き、何でも良いので目についた映像を
瞬時にクリックする。そして、何も下準備無しに初めて見る映像を
英語で実況中継してみるのである。英会話が得意な人でも、やって
みると以外にこれが難しい事に気づくと思う。コメントがまったく
途切れず、気まずい沈黙もなく、おもしろおかしくその初めてみる
映像をすらすら実況中継できるのが目標である。
そして、実際に試してみたのだが、自分の周りの英語が母国語で
コミュニケーションが得意な人達は、これをすらすらとやってのけ
られた。
欧米人は、自分の意見をがんがん言う文化のせいかは分からないが、
このアドリブの経験が日本人に比べてよりあるような気がする。
さらには英語は我々にとって第二外国語なので、アドリブをきかせ
る為にはより訓練が必要である。
以外と見落とされがちな英会話におけるアドリブ力、磨くと英会話
全般の、特に重要な場面でのコミュニケーション力がすごく向上する
ので、ぜひ試してみてほしい。
2010年11月13日土曜日
[読み物タイトル] 英語の雑談例
英会話における雑談の向上を試み始めた頃に、どこかに具体例
がいっぱいリストアップされていたらなと思っていたのを思い
出した。
友達、および自分が実際に行なっている日常の雑談例を、小さく
ても、その雑談の行なわれた状況の説明と一緒に、数多くリスト
アップしてみようと思い、新しいカテゴリーを追加してみました。
がいっぱいリストアップされていたらなと思っていたのを思い
出した。
友達、および自分が実際に行なっている日常の雑談例を、小さく
ても、その雑談の行なわれた状況の説明と一緒に、数多くリスト
アップしてみようと思い、新しいカテゴリーを追加してみました。
2010年10月5日火曜日
ジャグジー、外国人の視点?
ずいぶん前にジャグジーにおける社交性で日本人の立場から、海外で
外国人とジャグジーで出くわした時の視点を書いたが、今日面白い事
を経験した。
つい先ほど、出張先のホテルのジャグジーにつかっていると、外国人
の二人組が後から入って来た。
まだ向こうは話をしていないため、英語がどの程度出来るのか、わから
ない状況なので、こちらから軽く挨拶をし、返事が来ると明らかにアク
セントがあった。英語は母国語ではないが、日常会話には不自由のない
程度の、ヨーロッパから観光で来ている二人組だった
自分がなぜ今出張に来ているのか、向こうがどこの国の出身か、自分の
もとルームメイトが彼らと出身が同じ話や、今日はどこの観光に行った
のか、や、自分は過去に住んでいた事があるのでどこが観光に良いか
等の小話をした。
小さいジャグジーで気まずい空気は嫌なのと、そこから会話が弾み、
ひょんなところで会った異国の人達なので、なにか面白い話ができる
かと思ったのだが、話してみた結果相手が会話に乗り気ではない事が
伝わって来た。
もちろんなにか変な態度を示されたとかでは全くないのだが、
いまいち食いつきがわるい。観光で来ていて、旅先で知り合った
人と、この町の話をするのはまあ無難かとおもったのだが、
「私たちはあまりあなたと話したくはないですよ」といった気まず
さが伝わってくる。
そんな感じだったので、無理強いはせず、会話を終わらせると、なんと
その一人が自分に背を向け友達と母国語で話し始めてしまった。。。
その後はむしろ自分がそこにいるのが居心地が悪くなったので、
少し浸かったら、"Have a good night"と笑顔で言ってさっと
出てきた。
よっぽど自分が相手が話したくなくなるような態度やしゃべり方
だったのであれば話が別だが(そうでないことを願う笑)、気まず
い空気の中、早くジャグジーを出たくなってしまうようなこの対応
には、正直良い気分はしなかった。
もう英語での雑談の向上を試みて長くなるが、そこで思ったのは、
自分がアメリカに来たばかりのころの社交性の無さは、外国人にこう
映っていたんだなあ、と思った。ここまで明らかに逆の立場に立った
ことが無かったため、特にジャグジーという自分の意識していた社交の
場での事だったので、すごくそれが実感できた。同時に、これからの
時代、とくに外国を仕事の場に選ぶ場合は、こういう事を意識する
日本人が増えてほしいなあ、とも勝手ながら思った。
また、ジャグジーの例を考えると、自分もアメリカに来たばかりの頃
と比べるとずいぶんSocial skillがついたんだなあと恥ずかしげも
なく(笑)今日思ったのだが、考えるとどこかで「どん」とうまく
なった覚えは無い。
つまり新しい外国語を覚えるのや、絵が描けるようになることと一緒
で、新しい文化での雑談の上達も、基本は続けることらしい。
もちろん英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.1でも書いた
が、雑談をしている「ふり」をするのであれば色々技がある。これも
必要な場合もあるし、まったく雑談に参加できないよりは第一ステップ
としては良いと思う。しかし本当に異文化での雑談を楽しめるように
なり、自分のメインテーマでもある国際環境で強いリーダーシップを
発揮するために必要と考える、本当の雑談スキルを得るのには、どう
やら辛抱強く長く続けるのが一番の近道らしい。
ただ、その最短の道を、興味のある方には自分の間違い、経験から
このブログで紹介し続けて行きたい。
外国人とジャグジーで出くわした時の視点を書いたが、今日面白い事
を経験した。
つい先ほど、出張先のホテルのジャグジーにつかっていると、外国人
の二人組が後から入って来た。
まだ向こうは話をしていないため、英語がどの程度出来るのか、わから
ない状況なので、こちらから軽く挨拶をし、返事が来ると明らかにアク
セントがあった。英語は母国語ではないが、日常会話には不自由のない
程度の、ヨーロッパから観光で来ている二人組だった
自分がなぜ今出張に来ているのか、向こうがどこの国の出身か、自分の
もとルームメイトが彼らと出身が同じ話や、今日はどこの観光に行った
のか、や、自分は過去に住んでいた事があるのでどこが観光に良いか
等の小話をした。
小さいジャグジーで気まずい空気は嫌なのと、そこから会話が弾み、
ひょんなところで会った異国の人達なので、なにか面白い話ができる
かと思ったのだが、話してみた結果相手が会話に乗り気ではない事が
伝わって来た。
もちろんなにか変な態度を示されたとかでは全くないのだが、
いまいち食いつきがわるい。観光で来ていて、旅先で知り合った
人と、この町の話をするのはまあ無難かとおもったのだが、
「私たちはあまりあなたと話したくはないですよ」といった気まず
さが伝わってくる。
そんな感じだったので、無理強いはせず、会話を終わらせると、なんと
その一人が自分に背を向け友達と母国語で話し始めてしまった。。。
その後はむしろ自分がそこにいるのが居心地が悪くなったので、
少し浸かったら、"Have a good night"と笑顔で言ってさっと
出てきた。
よっぽど自分が相手が話したくなくなるような態度やしゃべり方
だったのであれば話が別だが(そうでないことを願う笑)、気まず
い空気の中、早くジャグジーを出たくなってしまうようなこの対応
には、正直良い気分はしなかった。
もう英語での雑談の向上を試みて長くなるが、そこで思ったのは、
自分がアメリカに来たばかりのころの社交性の無さは、外国人にこう
映っていたんだなあ、と思った。ここまで明らかに逆の立場に立った
ことが無かったため、特にジャグジーという自分の意識していた社交の
場での事だったので、すごくそれが実感できた。同時に、これからの
時代、とくに外国を仕事の場に選ぶ場合は、こういう事を意識する
日本人が増えてほしいなあ、とも勝手ながら思った。
また、ジャグジーの例を考えると、自分もアメリカに来たばかりの頃
と比べるとずいぶんSocial skillがついたんだなあと恥ずかしげも
なく(笑)今日思ったのだが、考えるとどこかで「どん」とうまく
なった覚えは無い。
つまり新しい外国語を覚えるのや、絵が描けるようになることと一緒
で、新しい文化での雑談の上達も、基本は続けることらしい。
もちろん英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.1でも書いた
が、雑談をしている「ふり」をするのであれば色々技がある。これも
必要な場合もあるし、まったく雑談に参加できないよりは第一ステップ
としては良いと思う。しかし本当に異文化での雑談を楽しめるように
なり、自分のメインテーマでもある国際環境で強いリーダーシップを
発揮するために必要と考える、本当の雑談スキルを得るのには、どう
やら辛抱強く長く続けるのが一番の近道らしい。
ただ、その最短の道を、興味のある方には自分の間違い、経験から
このブログで紹介し続けて行きたい。
2010年9月25日土曜日
満足感は危険?
英語の「アドリブ力」のことを長い間書いているのだが、
なかなかまとまらないので、日記を書く事にした。
今日、親しい友人とキャリアオプションのようなことを、
まじめに話す機会があった。将来のことをいろいろと熱く
なって話し合い、終わってみると何か不思議な満足感があった。
晩飯のときにその事をぼ〜と考えていたのだが、ふと思った
事がある。この満足感、実は危険なのではないかと。
ちょっと話をそらすと、何かミーティングで大事な問題を
議論し合った時、会議がうまくいくと何か満足感がある事
はないだろうか?話し合っただけで、何か問題が解決した
ような気がするあの気分である。方法を決めるのは大事
だが、ミーティングで決めた事をきちんと実行するのが
もっと大事である。ミーティングで話し合っただけで解決
した気分になり、実際に何も変わらなかったという経験は
みなあるだろう。
今日の友達との話の後の気分がそれとかぶって気持ちが
悪かった。
こんなことをするぞ、と、口に出すとある種の満足感が得ら
れるため、実際の動きにブレーキがかかってしまうこともある
のではないかと思った。
なかなかまとまらないので、日記を書く事にした。
今日、親しい友人とキャリアオプションのようなことを、
まじめに話す機会があった。将来のことをいろいろと熱く
なって話し合い、終わってみると何か不思議な満足感があった。
晩飯のときにその事をぼ〜と考えていたのだが、ふと思った
事がある。この満足感、実は危険なのではないかと。
ちょっと話をそらすと、何かミーティングで大事な問題を
議論し合った時、会議がうまくいくと何か満足感がある事
はないだろうか?話し合っただけで、何か問題が解決した
ような気がするあの気分である。方法を決めるのは大事
だが、ミーティングで決めた事をきちんと実行するのが
もっと大事である。ミーティングで話し合っただけで解決
した気分になり、実際に何も変わらなかったという経験は
みなあるだろう。
今日の友達との話の後の気分がそれとかぶって気持ちが
悪かった。
こんなことをするぞ、と、口に出すとある種の満足感が得ら
れるため、実際の動きにブレーキがかかってしまうこともある
のではないかと思った。
2010年8月21日土曜日
上司の指示に同意しないときは?
この書き物はいつもに増してヘビーである。来月は大人の英語
かなあ(笑)。
欧米の仕事環境において、自分の思う優秀なリーダー達と、普通の
リーダー達の違いが顕著に現れる場面があると思う。
それは、自分の上司からの指示と、自分の意見が食い違ったときの
対応の仕方である。
まず、「立場上言う事を聞く」や、「うまく自分なりに解釈して
伝える」といったような、受け身的な対応が必要な場合も多々あると
思う。ただし今回は、欧米の文化で大事であると思う、また、自分の
ように日本の文化がバックグラウンドである場合に難しいと考える、
この上司の意見に対して何かうまく対応したい場合のことを考えたい。
自分は基本は意見を言う方なので、何か賛成できない事があると
相手が誰であろうと自分の意見をストレートに言う方であった。
「当たり前だ!」と突っ込まれそうだが、これではうまくいか
ない事の方が多い。
仕事の関係の長い、信頼関係の確立された上司ならこういった
意見をきちんと聞き、考慮してくれるのであるが、問題は仕事を
初めてするまだ信頼関係の築けていない新しい上司の場合など
である。
「あの上司、マジいけてねえ。なぜ意見を聞いてくれないん
だろう。。。耳を傾ける価値はあると思うのに。」
このような愚痴は良く聞くし、自分もいままでかなりよく
言ってきた。
長い間、何よりも重要なことは、仕事の為にとにかく正しい
ことをやるのが一番大事だと思っていた。なので上司の意見に
同意しない時は意見もする。そして、仮に自分が正しい事を
言っていると思っている時は、それを例えば上司が聞く耳を
持たない場合は、その意見を聞かない人が悪いと思っていた。
なので上のような愚痴もでる。
しかし本当の問題は、実は意見の正しさにではなく、上司に
意見を聞いてもらう為の信頼関係の築き方にあったと今では
思う。
自分の尊敬するリーダー達を観察してきて気づくのだが、
彼らはどんな上司でも、仮に初めて一緒に仕事をする相手
でも、上司の信頼を得るのが抜群にうまく、早い。
そして、この誰とでもきちんと素早く信頼関係を築くこと
ができ、上司の信頼のもとのコミュニケーションのできる
リーダーは、かなり優秀であると自分は思う。
この立ち位置にいる人であれば、仮に上司の意見に同意を
しない場合は、説得力をもった、うまい言い方で意見を
すればきちんと聞いてくれる。上司の観点から見ればこれも
明白で、自分の信頼する部下から、説得力をもって、良い
提案をされれば、当然聞く耳を持つであろう。
(もちろんその意見に同意をするかどうかは場合次第だが、
どちらにせよ、信頼関係を築いた人との対話なので、どちら
になろうと有益なディスカッションで終わる。)
仮に本当に上司が間違っていた場合は、誰でも間違えはある
わけで、上司からすれば信頼する人からのうまい指摘であり、
頼りになる部下である。
逆に、きちんと信頼関係を築いていない上司に対して意見を
すれば、それが正しいかどうかなど関係なく、単純に「いち
いち何かを言うたびに、自分の意見を言ってくる使いづらい
ヤツ」になってしまう。
悪いのは意見の内容ではなくて、その上司に対する自分の
立ち位置であったと思う。
さて、初めにも触れたが、場合によっては「立場上上司の
言う事を聞く」や、「うまく自分なりに解釈して伝える」
といったような、受け身的な対応が必要な場合もあると思
う。しかし、その対応方法しか行わないと、仕事は一緒に
したいが、表現を悪くすると「使いやすい人材」と潜在的に
思われてしまう可能性があると思う。
上のような優秀なリーダーの対応方法が出来る人は、受け身
的な対応が基本姿勢のリーダーと比べると、違う種の上司から
の信頼を得ている様な気がする。
自分の尊敬するリーダー達はこれを難なくこなしている。
言うのは簡単であるが、このスキルを身につける為には、
このブログで書いていることの総合力みたいな物が必要に
なると考える。だからこそ我々日本人には難しいと思う。
欧米の文化ではリーダーとして上司の信頼を得る為には、
良い仕事をしているだけではだめである。まず、「社交性」、
「ジェントルマン」、「雑談」、「冗談」といった、この
ブログのいろいろな所で書いている、文化的にリーダーに
求められる人間性が備わっていなくてはならない。
そして、リーダーとしての信頼をきちんと得るためには、英語
のコミュニケーション力も相当必要である。上司の間違いを
説得力をもって否定するようなコミュニケーションには、相当
のArticulation能力が必要である。
自分の生活環境で、リーダーの優秀さを見分けるには、上司の
指示が間違っていると思った場合の、その人の対応方法を観察
すると、よくわかると思うのである。
そして最後に、視点を変えると、このような優秀なリーダー
達は、信頼関係を素早く築いた後に、上司が間違っていると
思うときはバシバシ説得力のある言い方で自分の意見を言って
くる。このようなリーダー達をさらにその上でまとめる人は、
相当な強さおよび能力が無いと勤まらないことも想像できる。
これが自分の考える、我々日本人にとって、国際環境でいち
外国人として組織を率いるのが難しい大きな理由の一つである。
かなあ(笑)。
欧米の仕事環境において、自分の思う優秀なリーダー達と、普通の
リーダー達の違いが顕著に現れる場面があると思う。
それは、自分の上司からの指示と、自分の意見が食い違ったときの
対応の仕方である。
まず、「立場上言う事を聞く」や、「うまく自分なりに解釈して
伝える」といったような、受け身的な対応が必要な場合も多々あると
思う。ただし今回は、欧米の文化で大事であると思う、また、自分の
ように日本の文化がバックグラウンドである場合に難しいと考える、
この上司の意見に対して何かうまく対応したい場合のことを考えたい。
自分は基本は意見を言う方なので、何か賛成できない事があると
相手が誰であろうと自分の意見をストレートに言う方であった。
「当たり前だ!」と突っ込まれそうだが、これではうまくいか
ない事の方が多い。
仕事の関係の長い、信頼関係の確立された上司ならこういった
意見をきちんと聞き、考慮してくれるのであるが、問題は仕事を
初めてするまだ信頼関係の築けていない新しい上司の場合など
である。
「あの上司、マジいけてねえ。なぜ意見を聞いてくれないん
だろう。。。耳を傾ける価値はあると思うのに。」
このような愚痴は良く聞くし、自分もいままでかなりよく
言ってきた。
長い間、何よりも重要なことは、仕事の為にとにかく正しい
ことをやるのが一番大事だと思っていた。なので上司の意見に
同意しない時は意見もする。そして、仮に自分が正しい事を
言っていると思っている時は、それを例えば上司が聞く耳を
持たない場合は、その意見を聞かない人が悪いと思っていた。
なので上のような愚痴もでる。
しかし本当の問題は、実は意見の正しさにではなく、上司に
意見を聞いてもらう為の信頼関係の築き方にあったと今では
思う。
自分の尊敬するリーダー達を観察してきて気づくのだが、
彼らはどんな上司でも、仮に初めて一緒に仕事をする相手
でも、上司の信頼を得るのが抜群にうまく、早い。
そして、この誰とでもきちんと素早く信頼関係を築くこと
ができ、上司の信頼のもとのコミュニケーションのできる
リーダーは、かなり優秀であると自分は思う。
この立ち位置にいる人であれば、仮に上司の意見に同意を
しない場合は、説得力をもった、うまい言い方で意見を
すればきちんと聞いてくれる。上司の観点から見ればこれも
明白で、自分の信頼する部下から、説得力をもって、良い
提案をされれば、当然聞く耳を持つであろう。
(もちろんその意見に同意をするかどうかは場合次第だが、
どちらにせよ、信頼関係を築いた人との対話なので、どちら
になろうと有益なディスカッションで終わる。)
仮に本当に上司が間違っていた場合は、誰でも間違えはある
わけで、上司からすれば信頼する人からのうまい指摘であり、
頼りになる部下である。
逆に、きちんと信頼関係を築いていない上司に対して意見を
すれば、それが正しいかどうかなど関係なく、単純に「いち
いち何かを言うたびに、自分の意見を言ってくる使いづらい
ヤツ」になってしまう。
悪いのは意見の内容ではなくて、その上司に対する自分の
立ち位置であったと思う。
さて、初めにも触れたが、場合によっては「立場上上司の
言う事を聞く」や、「うまく自分なりに解釈して伝える」
といったような、受け身的な対応が必要な場合もあると思
う。しかし、その対応方法しか行わないと、仕事は一緒に
したいが、表現を悪くすると「使いやすい人材」と潜在的に
思われてしまう可能性があると思う。
上のような優秀なリーダーの対応方法が出来る人は、受け身
的な対応が基本姿勢のリーダーと比べると、違う種の上司から
の信頼を得ている様な気がする。
自分の尊敬するリーダー達はこれを難なくこなしている。
言うのは簡単であるが、このスキルを身につける為には、
このブログで書いていることの総合力みたいな物が必要に
なると考える。だからこそ我々日本人には難しいと思う。
欧米の文化ではリーダーとして上司の信頼を得る為には、
良い仕事をしているだけではだめである。まず、「社交性」、
「ジェントルマン」、「雑談」、「冗談」といった、この
ブログのいろいろな所で書いている、文化的にリーダーに
求められる人間性が備わっていなくてはならない。
そして、リーダーとしての信頼をきちんと得るためには、英語
のコミュニケーション力も相当必要である。上司の間違いを
説得力をもって否定するようなコミュニケーションには、相当
のArticulation能力が必要である。
自分の生活環境で、リーダーの優秀さを見分けるには、上司の
指示が間違っていると思った場合の、その人の対応方法を観察
すると、よくわかると思うのである。
そして最後に、視点を変えると、このような優秀なリーダー
達は、信頼関係を素早く築いた後に、上司が間違っていると
思うときはバシバシ説得力のある言い方で自分の意見を言って
くる。このようなリーダー達をさらにその上でまとめる人は、
相当な強さおよび能力が無いと勤まらないことも想像できる。
これが自分の考える、我々日本人にとって、国際環境でいち
外国人として組織を率いるのが難しい大きな理由の一つである。
2010年7月6日火曜日
海外での生活の上で日々心がけている事 Part. 2
Part.1を書いてからずいぶん時間がたったが、そろそろPart.2を
書いてみたい。
まず初めに、「海外での生活で日々心がけている事」、特にPart.2
の生活の仕方は、誰もが実践すべきであるとは思わない。これらは
海外の生活、仕事のなかで、欧米の文化を理解、吸収する必要のある
場合のことであり、特に他文化を吸収する事は容易なことではないた
め、自分の文化に少々「音痴」になるといった、ある程度の犠牲が
ついてくると思う。
なので自分の目標とすることに、その必要性があり、ある程度の
犠牲の価値がある場合のみ、この生活の仕方は意味があるかもしれ
ない。また、日本文化に少々音痴になる事が許されない立場の人も、
あまりこれらはやらない方がよいと思う(笑)。
実は最近はこの半分ぐらいしか実践していないのだが、以下が数年前
まで自分が一番欧米文化を吸収しようとしていた時期のリストである。
このリストだけ見ると、まるで日本が嫌いなのでは?と思われてしまう
かもしれないがそうではない。また、アメリカ人になりたいのか?と聞
かれたら、それも違う。
日本人が外国で上に立つ為には、その環境の文化を知る必要があり、
その為にはこの方法が一番早いと思うのである。
いまリストアップして気づいたのだが、大きくカテゴリーに分けると
(A)から(D)までの4つがある。
(A)
- 新聞、ウェブニュースは全て英語の物を読む
- 本は日本語で書いているものをいっさい読まない。
www.amazon.co.jpを使わず、必要な本はwww.amazon.comで
英語で検索して、英語の本のみを買う
- 日本語でウェブ検索せず、日本語のホームページを読まない
つまりwww.google.co.jpで日本語検索を禁止し、www.google.com
で英語検索のみをする。
(A)は単純に、英語の能力をあげる為である。初めのうちは大変だが、
最近では日本特有の情報でない限り、どの言語でも似たような情報が
手に入るため、慣れれば必要な情報は日本語を使わなくても手に入る。
自分の様に日本語で読む方が楽な人こそ、強制的に日本語での情報収集
をやめると、英語の理解力が飛躍的に上がる。
(B)
- 日本の雑誌を読まない
- 日本のテレビ番組を見ない
- 日本の娯楽全般を見ない
(B)は文化的なコミュニケーション能力をあげる為である。このブログ
のいろいろなところでも書いている様に、自分は文化的な社交性、雑談
といったものがリーダーシップの上で重要であると考えている。社交性
の中でも大事な雑談には、上のような娯楽のテーマが欠かせないため、
自分の生活環境のものを知っておくのは大事であると思う。
(C)
- 日本人とはつるまない、日本人の会合には行かない
- リトル東京、コリアタウン、チャイナタウンに行かない
- トーランスなど日本人街に行かない
- アジア人の恋人を作らない
(C)が人間関係まわりである。これは、日本人、アジア人を避けると
いうことではなく、その機会があれば、より異文化の人間関係に身を
おくというものである。(A)-(D)の4つの中でも、これが一番大事か
もしれない。(C)を実践すると、このブログに書いているようなことが
見えてくるのである。文化的に深入ったことは、やはり親密な人間関係
からしか見えてこないと思う。
(D)
- 日本のマーケットにいかない
- 日本食レストランには、外人の友達から誘われない限りは行かない
- 家で日本食は作らず、外国人の食べるパスタやステーキ等を作る
(D)はここまでやる必要があるのか?と思うような項目でもあるかも
しれないが、これはむしろ実質より意識的なもので、徹底する事に
意味があると思ってやっていた。
結局、一言で言うと、要は「日本語の分からない外国人」の生活を
するのである(笑)。
このブログを書いている理由の一つは、ここまでせずとも自分の
試行錯誤から、外国での生活をより充実させる為の経験を、必要な
人にフィードバックしたい為なのだが、それでは足りない場合は
上のようなことを実践してみてはいかがだろうか?このリストの様な
生活を全部いっきにやるとノイローゼになるので(笑)、少しずつ
取り入れてもよいかもしれない。
書いてみたい。
まず初めに、「海外での生活で日々心がけている事」、特にPart.2
の生活の仕方は、誰もが実践すべきであるとは思わない。これらは
海外の生活、仕事のなかで、欧米の文化を理解、吸収する必要のある
場合のことであり、特に他文化を吸収する事は容易なことではないた
め、自分の文化に少々「音痴」になるといった、ある程度の犠牲が
ついてくると思う。
なので自分の目標とすることに、その必要性があり、ある程度の
犠牲の価値がある場合のみ、この生活の仕方は意味があるかもしれ
ない。また、日本文化に少々音痴になる事が許されない立場の人も、
あまりこれらはやらない方がよいと思う(笑)。
実は最近はこの半分ぐらいしか実践していないのだが、以下が数年前
まで自分が一番欧米文化を吸収しようとしていた時期のリストである。
このリストだけ見ると、まるで日本が嫌いなのでは?と思われてしまう
かもしれないがそうではない。また、アメリカ人になりたいのか?と聞
かれたら、それも違う。
日本人が外国で上に立つ為には、その環境の文化を知る必要があり、
その為にはこの方法が一番早いと思うのである。
いまリストアップして気づいたのだが、大きくカテゴリーに分けると
(A)から(D)までの4つがある。
(A)
- 新聞、ウェブニュースは全て英語の物を読む
- 本は日本語で書いているものをいっさい読まない。
www.amazon.co.jpを使わず、必要な本はwww.amazon.comで
英語で検索して、英語の本のみを買う
- 日本語でウェブ検索せず、日本語のホームページを読まない
つまりwww.google.co.jpで日本語検索を禁止し、www.google.com
で英語検索のみをする。
(A)は単純に、英語の能力をあげる為である。初めのうちは大変だが、
最近では日本特有の情報でない限り、どの言語でも似たような情報が
手に入るため、慣れれば必要な情報は日本語を使わなくても手に入る。
自分の様に日本語で読む方が楽な人こそ、強制的に日本語での情報収集
をやめると、英語の理解力が飛躍的に上がる。
(B)
- 日本の雑誌を読まない
- 日本のテレビ番組を見ない
- 日本の娯楽全般を見ない
(B)は文化的なコミュニケーション能力をあげる為である。このブログ
のいろいろなところでも書いている様に、自分は文化的な社交性、雑談
といったものがリーダーシップの上で重要であると考えている。社交性
の中でも大事な雑談には、上のような娯楽のテーマが欠かせないため、
自分の生活環境のものを知っておくのは大事であると思う。
(C)
- 日本人とはつるまない、日本人の会合には行かない
- リトル東京、コリアタウン、チャイナタウンに行かない
- トーランスなど日本人街に行かない
- アジア人の恋人を作らない
(C)が人間関係まわりである。これは、日本人、アジア人を避けると
いうことではなく、その機会があれば、より異文化の人間関係に身を
おくというものである。(A)-(D)の4つの中でも、これが一番大事か
もしれない。(C)を実践すると、このブログに書いているようなことが
見えてくるのである。文化的に深入ったことは、やはり親密な人間関係
からしか見えてこないと思う。
(D)
- 日本のマーケットにいかない
- 日本食レストランには、外人の友達から誘われない限りは行かない
- 家で日本食は作らず、外国人の食べるパスタやステーキ等を作る
(D)はここまでやる必要があるのか?と思うような項目でもあるかも
しれないが、これはむしろ実質より意識的なもので、徹底する事に
意味があると思ってやっていた。
結局、一言で言うと、要は「日本語の分からない外国人」の生活を
するのである(笑)。
このブログを書いている理由の一つは、ここまでせずとも自分の
試行錯誤から、外国での生活をより充実させる為の経験を、必要な
人にフィードバックしたい為なのだが、それでは足りない場合は
上のようなことを実践してみてはいかがだろうか?このリストの様な
生活を全部いっきにやるとノイローゼになるので(笑)、少しずつ
取り入れてもよいかもしれない。
2010年6月6日日曜日
「Articulation skill」の重要性 --- Part.3 〜「聞き返してはいけない」、「言い直してはいけない」のルール
「Articulation skill」の重要性 --- Part.1
「Articulation skill」の重要性 --- Part.2
「Articulation skill」の重要性 --- Part.3は、さらにこのスキルの
定義、重要性を掘り下げて考えてみたい。
現在自分の英会話における悩みは、今まで基準にしてきたことが、
自分の必要とするコミュニケーションにおいて、間違っていたことに
気づいたことである。いままでの英語におけるコミュニケーションの
基準は、
「理解できればいい」、「伝わればいい」
であった。
たとえば、誰かと会話をしている時に、ちょっと分からないこと、
聞きそびれたたことがあれば、「ん?それどういう意味?」や、
「それってこういう意味で良いの?」、「もう一度最後の部分
繰り返してくれる?」で、仮に一度目で聞き間違えていたら解決
できる。
相手に何かうまく伝わらなかった時は、言い方を変えたり、相手が
確認のために聞き返したらもう一度きちんと説明すればよいのである。
「分からなかったら聞き返せば良い」
「伝わらなかったら言い直せば良い」
の基準で、いままで日常生活も、仕事も不自由がなかった。それゆえ、
そこから向上が必要なコミュニケーションがあるということにも、
いままで気づかなかったのだと思う。しかし、それでは色々な場面で
コミュニケーション力が足りないということに気づいた。
リーダーの仕事をしだすと、いろいろと会社のミーティングに参加
し始める。そこにいるのは、全員コミュニケーションのエキスパート
達である。そして、その場でディスカッションされる内容は、日本語
でも説明が難解なテーマも多々ある。さらには、ミーティングが重要
になればなるほど、時間に限りのある連中も集まる。
大勢の時間を拘束するミーティングにおいて、やはり会話の流れ
をコミュニケーション力不足のせいで止めるのは当然NGである。
一対一の会話とは少々様子が違ってくる。つまり、
「分からなかったら聞き返せば良い」
「伝わらなかったら言い直せば良い」
の英会話では、こういったミーティングではコミュニケーション力
不足となってしまう。説明が難解な内容を、一発で、簡潔に伝えら
れなくてはいけないのである。
「あいつをミーティングに含めると、面倒くさい」と思われたら
リーダー失格である。これではそのうち会議に呼ばれなくなって
しまうこともあるだろう。
さらには、自分の業界は、映像を言葉で伝えなくてはならないので、
余計大変である(苦笑)。これは正直、第二外国語ではかなり難しい。
現在のもっぱらのテーマは、「理解できればいい」、「伝わればいい」
の英会話から、「説明が難解な内容を、一発で、簡潔に、前準備無し
で伝える」
へ、向上する事である。当たり前のことなのだが、会社のリーダー
達はみなこれができている。これが英語の環境でリーダーに求めら
れるArticulation Skillなのである。
このスキルを意識しだしてからは、友達との会話や、レストランでの
注文など、繰り返しが許される場においても、「伝えたい事を一発で
簡潔に伝える」ことを意識するようにした。
「聞き返してはいけない」
「言い直してはいけない」
のルールを日常会話に入れるのである。そして、これらを練習する
ためには、いかに外国人と日常生活をするのが大事かということも、
書き足しておきたい。
英会話のスキルを向上したい方々には、ぜひ「聞き返してはいけない」
「言い直してはいけない」のルールを試してみてほしい。日常会話が
ある程度できる様になって来たら、早い段階で実践しだすことを
オススメする。自分の様に、長い間このArticulationを意識せず
会話をしてくると、あとでツケが回ってくると思う。
自分ももっと早くに実践していたらなあと、思う。
「Articulation上達法」へ進む
「Articulation skill」の重要性 --- Part.2
「Articulation skill」の重要性 --- Part.3は、さらにこのスキルの
定義、重要性を掘り下げて考えてみたい。
現在自分の英会話における悩みは、今まで基準にしてきたことが、
自分の必要とするコミュニケーションにおいて、間違っていたことに
気づいたことである。いままでの英語におけるコミュニケーションの
基準は、
「理解できればいい」、「伝わればいい」
であった。
たとえば、誰かと会話をしている時に、ちょっと分からないこと、
聞きそびれたたことがあれば、「ん?それどういう意味?」や、
「それってこういう意味で良いの?」、「もう一度最後の部分
繰り返してくれる?」で、仮に一度目で聞き間違えていたら解決
できる。
相手に何かうまく伝わらなかった時は、言い方を変えたり、相手が
確認のために聞き返したらもう一度きちんと説明すればよいのである。
「分からなかったら聞き返せば良い」
「伝わらなかったら言い直せば良い」
の基準で、いままで日常生活も、仕事も不自由がなかった。それゆえ、
そこから向上が必要なコミュニケーションがあるということにも、
いままで気づかなかったのだと思う。しかし、それでは色々な場面で
コミュニケーション力が足りないということに気づいた。
リーダーの仕事をしだすと、いろいろと会社のミーティングに参加
し始める。そこにいるのは、全員コミュニケーションのエキスパート
達である。そして、その場でディスカッションされる内容は、日本語
でも説明が難解なテーマも多々ある。さらには、ミーティングが重要
になればなるほど、時間に限りのある連中も集まる。
大勢の時間を拘束するミーティングにおいて、やはり会話の流れ
をコミュニケーション力不足のせいで止めるのは当然NGである。
一対一の会話とは少々様子が違ってくる。つまり、
「分からなかったら聞き返せば良い」
「伝わらなかったら言い直せば良い」
の英会話では、こういったミーティングではコミュニケーション力
不足となってしまう。説明が難解な内容を、一発で、簡潔に伝えら
れなくてはいけないのである。
「あいつをミーティングに含めると、面倒くさい」と思われたら
リーダー失格である。これではそのうち会議に呼ばれなくなって
しまうこともあるだろう。
さらには、自分の業界は、映像を言葉で伝えなくてはならないので、
余計大変である(苦笑)。これは正直、第二外国語ではかなり難しい。
現在のもっぱらのテーマは、「理解できればいい」、「伝わればいい」
の英会話から、「説明が難解な内容を、一発で、簡潔に、前準備無し
で伝える」
へ、向上する事である。当たり前のことなのだが、会社のリーダー
達はみなこれができている。これが英語の環境でリーダーに求めら
れるArticulation Skillなのである。
このスキルを意識しだしてからは、友達との会話や、レストランでの
注文など、繰り返しが許される場においても、「伝えたい事を一発で
簡潔に伝える」ことを意識するようにした。
「聞き返してはいけない」
「言い直してはいけない」
のルールを日常会話に入れるのである。そして、これらを練習する
ためには、いかに外国人と日常生活をするのが大事かということも、
書き足しておきたい。
英会話のスキルを向上したい方々には、ぜひ「聞き返してはいけない」
「言い直してはいけない」のルールを試してみてほしい。日常会話が
ある程度できる様になって来たら、早い段階で実践しだすことを
オススメする。自分の様に、長い間このArticulationを意識せず
会話をしてくると、あとでツケが回ってくると思う。
自分ももっと早くに実践していたらなあと、思う。
「Articulation上達法」へ進む
2010年4月5日月曜日
この状況下においてもできる奴はいる
こんな状況を想像してみてほしい。
自分の仕事環境で、自分、もしくは自分の管理するチームに与え
られたタスクがあるとする。作らなくてはならない絵のタスク
でもよいし、何かプレゼンテーションの準備でも良いし、
何かの予算の算出でも良いし、何でも良い。
そして、そのタスクには期日がある。たとえば一週間(5日間)
後が締め切りである。このタスクは、クライアントに見せなくては
ならないといった緊急のものではないとする。
そして、自分、もしくは自分のチームはそのタスクが得意で、今ま
で何度もそのタスクをこなしてきているとする。そして、それゆえ
タスクにかかる時間も大体想像でき、今回の一週間という期日は十分
な期日で、それまでに上げるのはまったく問題ないような期日である
とする。また、いままでそのタスクを期日内に上げられなかったこと
はないとする。
作業の3日目に、そのタスクの大まかな方向性が上司により
大幅変更されるとする。その結果、2日間の作業は無駄になり、
3日目にやり直しをすることとなる。この時点でまだ期日には
ぎりぎり間に合うとする。
そして、4日目には作業をするのに必要な何かツールやシステムが
壊れ、それを別の部署の誰かが修復するのに1日かかるとする。
そして、仕事に再度とりかかったのは最終日の5日目、そして夜遅
くまで残業をして取りかかったが(残業手当のある正式な残業)、
結局終わらず、期日が来る。
こういった自分達の制御外の方向性の変更や、仕事をする為に必要
な設備の問題が原因で作業が遅れる場合は、通常のタスクであれば
期日を延ばす事になる。
唯一の例外は、それがクライアントの絡んだタスクである場合で
ある。この場合は、言い訳なしでそれを上げる必要があり、無理な
場合は早めに上司に言い、もっと人員を投入する、もしくはクライ
アントミーティングを延期するなどといった応急処置をするのが
通常である。
そして、期日が来てからある情報が知らされる。
実は、その締め切りの日に、大事なクライアントミーティングが
あり、その際に自分の上司がそれをクライアントに見せる
約束をしていたことを聞くとする。
結局その日のクライアントミーティングにそのタスクは間に
合わず、上司はクライアントに謝らなくてはならず、その後
自分は上司に激怒される。
と、こんな話はよくある事で、どんな職種、職場でも同じ
ような経験をしたことがある人はいるであろう。
あるときこのような経験を自分もしたのだが、そのときの自分と
上司との会話はこんな感じであった。
上司: なんで期日に間に合わなかったんだ!
自分: かくかくしかじかが起こって
上司: であれば間に合わない可能性を俺になぜ早い段階で言わない!
お前がなにも言わないから信じていたのに。俺はクライアントに対して
約束をしていたのに!
自分: クライアントに見せる必要のあるタスクと知ってればそういう
行動をとる必要があることぐらいもちろん知っているが。。。
上司: とにかく今回のような事はこれ以降絶対に無い様に!
大事なクライアントミーティングに必要なタスクが上がらない可能性
があるときは早めに言うように。
自分: Ok(心のなかで、いや〜なにか腑に落ちない。。。)
さて、この対応は正しかったのだろうか?実は、このような言い訳を
上司にしたのはその時が初めてであった。
そのあと考えたら、やはり自分が悪い。
こういった状況で、いつも自分に言い聞かせているセリフがある。
「この状況下においてもできる奴はいる」
である。
しかしその時に限っては、いままで何度もこなしてきたタスク
であった為かわからないが、上司に責められたときに反論して
しまった。
なにかいつも自分ができている事ができない時には、自分なりに
理由があると思う。そして、その理由のせいにしたいのは人間の
心理であると思う。
しかし、思うのが、どんなに劣悪な条件によって自分がうまく
できなかったとしても、かならず
「この状況下においてもできる奴はいる」
のである。今回の件に当てはめると、たとえば:
* 大幅な変更があっても、それまでの2日間を無駄にせず、
それにきちんとすぐに対応できる仕事の仕方ができる人もいる。
実際に、自分の知り合いの中に、クライアントや上司による大幅
変更を数多く経験し、「この仕事ではクライアントの変更としては、
こういうものや、ああいうものがあり得るだろう。だからこのように
この仕事は設計し、そうすれば仮にその変更をクライアントがして
きても、すぐに対応できる」といったことができる人がいる。
* クライアントが絡んでいないか、上司に言われていなくても
自分から確認し、その情報を見つけ出し、上司の変更があった時点
で、期日に間に合わない可能性を提示し、上司にクライアントの
ミーティングを延期してもらうか、人員をもっと投入してもらうか
を要求する。
* 仕事に必要な通常の設備が故障している状況でも、それを
自分で回避してその一日を無駄にせず作業を続けられる人もいる。
結局、この状況下においても、きちんと仕事を上げられる人は
絶対にいると思う。もしくは、この状況下において、自分で
きちんと質問をし、クライアントが絡んでいることを見つけ出し、
それに対するきちんとした対応を導きだせる人も必ずいるのである。
この件は、自分に再度言い聞かせるよい機会になった。
「この状況下においてもできる奴はいる」
自分の仕事環境で、自分、もしくは自分の管理するチームに与え
られたタスクがあるとする。作らなくてはならない絵のタスク
でもよいし、何かプレゼンテーションの準備でも良いし、
何かの予算の算出でも良いし、何でも良い。
そして、そのタスクには期日がある。たとえば一週間(5日間)
後が締め切りである。このタスクは、クライアントに見せなくては
ならないといった緊急のものではないとする。
そして、自分、もしくは自分のチームはそのタスクが得意で、今ま
で何度もそのタスクをこなしてきているとする。そして、それゆえ
タスクにかかる時間も大体想像でき、今回の一週間という期日は十分
な期日で、それまでに上げるのはまったく問題ないような期日である
とする。また、いままでそのタスクを期日内に上げられなかったこと
はないとする。
作業の3日目に、そのタスクの大まかな方向性が上司により
大幅変更されるとする。その結果、2日間の作業は無駄になり、
3日目にやり直しをすることとなる。この時点でまだ期日には
ぎりぎり間に合うとする。
そして、4日目には作業をするのに必要な何かツールやシステムが
壊れ、それを別の部署の誰かが修復するのに1日かかるとする。
そして、仕事に再度とりかかったのは最終日の5日目、そして夜遅
くまで残業をして取りかかったが(残業手当のある正式な残業)、
結局終わらず、期日が来る。
こういった自分達の制御外の方向性の変更や、仕事をする為に必要
な設備の問題が原因で作業が遅れる場合は、通常のタスクであれば
期日を延ばす事になる。
唯一の例外は、それがクライアントの絡んだタスクである場合で
ある。この場合は、言い訳なしでそれを上げる必要があり、無理な
場合は早めに上司に言い、もっと人員を投入する、もしくはクライ
アントミーティングを延期するなどといった応急処置をするのが
通常である。
そして、期日が来てからある情報が知らされる。
実は、その締め切りの日に、大事なクライアントミーティングが
あり、その際に自分の上司がそれをクライアントに見せる
約束をしていたことを聞くとする。
結局その日のクライアントミーティングにそのタスクは間に
合わず、上司はクライアントに謝らなくてはならず、その後
自分は上司に激怒される。
と、こんな話はよくある事で、どんな職種、職場でも同じ
ような経験をしたことがある人はいるであろう。
あるときこのような経験を自分もしたのだが、そのときの自分と
上司との会話はこんな感じであった。
上司: なんで期日に間に合わなかったんだ!
自分: かくかくしかじかが起こって
上司: であれば間に合わない可能性を俺になぜ早い段階で言わない!
お前がなにも言わないから信じていたのに。俺はクライアントに対して
約束をしていたのに!
自分: クライアントに見せる必要のあるタスクと知ってればそういう
行動をとる必要があることぐらいもちろん知っているが。。。
上司: とにかく今回のような事はこれ以降絶対に無い様に!
大事なクライアントミーティングに必要なタスクが上がらない可能性
があるときは早めに言うように。
自分: Ok(心のなかで、いや〜なにか腑に落ちない。。。)
さて、この対応は正しかったのだろうか?実は、このような言い訳を
上司にしたのはその時が初めてであった。
そのあと考えたら、やはり自分が悪い。
こういった状況で、いつも自分に言い聞かせているセリフがある。
「この状況下においてもできる奴はいる」
である。
しかしその時に限っては、いままで何度もこなしてきたタスク
であった為かわからないが、上司に責められたときに反論して
しまった。
なにかいつも自分ができている事ができない時には、自分なりに
理由があると思う。そして、その理由のせいにしたいのは人間の
心理であると思う。
しかし、思うのが、どんなに劣悪な条件によって自分がうまく
できなかったとしても、かならず
「この状況下においてもできる奴はいる」
のである。今回の件に当てはめると、たとえば:
* 大幅な変更があっても、それまでの2日間を無駄にせず、
それにきちんとすぐに対応できる仕事の仕方ができる人もいる。
実際に、自分の知り合いの中に、クライアントや上司による大幅
変更を数多く経験し、「この仕事ではクライアントの変更としては、
こういうものや、ああいうものがあり得るだろう。だからこのように
この仕事は設計し、そうすれば仮にその変更をクライアントがして
きても、すぐに対応できる」といったことができる人がいる。
* クライアントが絡んでいないか、上司に言われていなくても
自分から確認し、その情報を見つけ出し、上司の変更があった時点
で、期日に間に合わない可能性を提示し、上司にクライアントの
ミーティングを延期してもらうか、人員をもっと投入してもらうか
を要求する。
* 仕事に必要な通常の設備が故障している状況でも、それを
自分で回避してその一日を無駄にせず作業を続けられる人もいる。
結局、この状況下においても、きちんと仕事を上げられる人は
絶対にいると思う。もしくは、この状況下において、自分で
きちんと質問をし、クライアントが絡んでいることを見つけ出し、
それに対するきちんとした対応を導きだせる人も必ずいるのである。
この件は、自分に再度言い聞かせるよい機会になった。
「この状況下においてもできる奴はいる」
2010年3月4日木曜日
パーティーに持っていく気の利いたプレゼント?
*自分の考えるジェントルマンシップと海外での仕事の関係に
ついてはこちらを
*欧米社会での社交性の重要性はこちらを見ていただきたい。
つい先日、仕事仲間の夫婦のホームパーティーに呼ばれた。
こんなとき、ちょっと気の利いたプレゼントを大人ぶってもって
いきたいと思ったことがあるのは自分だけではないだろう。
手っ取り早い策としては、アルコール、特にワインのボトル
かなんかを持って行くのが無難だが、それでは定番過ぎるから
いやだと考える自分は背伸びしすぎである(笑)。
このワインの、ちょっとひねったバージョンを以前友達に
教えてもらった事がある。その子は、アルコールはみんな持って
くるから、ちょっと気の利いたデザートを持って行くと、特に
パーティーを主催する人の奥さんなどがいる場合、ゲストにも
出せて喜んでくれると言っていた。
さて、今回は、もう上の技も使い過ぎて来たので、なんか他に良い
アイディアは無いかと考えていたところ、以前イギリス人の上司が、
同僚のパーティーに持って行ったプレゼントを思い出した。やはり
イギリス人はジェントルマンシップに長けているのであろうか?
よく考えると、自分の業界に、イギリス出身の上司が結構いる。
このブログでよく唱えている、ジェントルマンシップとリーダー
シップの関係も、あながち間違ってはいないのかもしれない。
話を戻すと、その上司は、数年前、今回と同じような設定で
同僚の夫婦のパーティーに参加していた。当時自分のもって
いったプレゼントは、もう察しがつくかもしれないが、ワインの
ボトルであった(苦笑)。そして、その時の上司の持っていった
プレゼントは、ちょいと気の利いたお洒落な植物であった。
そして、当時自分が関心したのは、そのプレゼントの選択だけ
ではなく、その上司は同僚の家につくと、まず同僚の男性と
握手をし、その植物は同僚の奥さんに、家のデコレーションに
つかってくださいと、渡していた。その様子を見ていて、
自分にはおもいつかね〜、と思ったのを覚えている。
さて、このブログ初の写真掲載である!

これが今回自分が持っていったパーティーギフトで、これに
リボン、そして小さなカードに、自分の名前を、
Significant Other(旦那、奥さん、彼氏、彼女の総称)がいる
場合は、"A & B"と二人の名前を入れ、完成である。
この植物をどのように同僚夫婦に渡したかは想像にお任せする(笑)。
ふりぐらいは少しサマになってきていることを願う、今日この頃
である。
「ジェントルマンリスト」に進む
この読み物のタイトルに戻る...
ついてはこちらを
*欧米社会での社交性の重要性はこちらを見ていただきたい。
つい先日、仕事仲間の夫婦のホームパーティーに呼ばれた。
こんなとき、ちょっと気の利いたプレゼントを大人ぶってもって
いきたいと思ったことがあるのは自分だけではないだろう。
手っ取り早い策としては、アルコール、特にワインのボトル
かなんかを持って行くのが無難だが、それでは定番過ぎるから
いやだと考える自分は背伸びしすぎである(笑)。
このワインの、ちょっとひねったバージョンを以前友達に
教えてもらった事がある。その子は、アルコールはみんな持って
くるから、ちょっと気の利いたデザートを持って行くと、特に
パーティーを主催する人の奥さんなどがいる場合、ゲストにも
出せて喜んでくれると言っていた。
さて、今回は、もう上の技も使い過ぎて来たので、なんか他に良い
アイディアは無いかと考えていたところ、以前イギリス人の上司が、
同僚のパーティーに持って行ったプレゼントを思い出した。やはり
イギリス人はジェントルマンシップに長けているのであろうか?
よく考えると、自分の業界に、イギリス出身の上司が結構いる。
このブログでよく唱えている、ジェントルマンシップとリーダー
シップの関係も、あながち間違ってはいないのかもしれない。
話を戻すと、その上司は、数年前、今回と同じような設定で
同僚の夫婦のパーティーに参加していた。当時自分のもって
いったプレゼントは、もう察しがつくかもしれないが、ワインの
ボトルであった(苦笑)。そして、その時の上司の持っていった
プレゼントは、ちょいと気の利いたお洒落な植物であった。
そして、当時自分が関心したのは、そのプレゼントの選択だけ
ではなく、その上司は同僚の家につくと、まず同僚の男性と
握手をし、その植物は同僚の奥さんに、家のデコレーションに
つかってくださいと、渡していた。その様子を見ていて、
自分にはおもいつかね〜、と思ったのを覚えている。
さて、このブログ初の写真掲載である!

これが今回自分が持っていったパーティーギフトで、これに
リボン、そして小さなカードに、自分の名前を、
Significant Other(旦那、奥さん、彼氏、彼女の総称)がいる
場合は、"A & B"と二人の名前を入れ、完成である。
この植物をどのように同僚夫婦に渡したかは想像にお任せする(笑)。
ふりぐらいは少しサマになってきていることを願う、今日この頃
である。
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2009年12月22日火曜日
「Articulation skill」の重要性 --- Part.2
「Articulation skill」の重要性 --- Part.1に戻る
Part.2は、なぜこの「Articulation Skill」が、海外で働く
上で重要であると自分が思うかを掘り下げてみたい。
まずはこんな経験を披露してみる。
仕事をする上で、過去の仕事の経験等から、自分が認めて
もらっている分野がいくつかある。例えばその分野が必要な
新しいプロジェクトが入れば、自分が相談を受けるといった
分野である。
そんななか、その分野が必要なプロジェクトに参加していた
際に、どのミーティングに参加しても自分の意見が無視される
といった経験をした。
このプロジェクトのセッティングとしては、自分の他に、同僚の
Aという存在があった。
この項目は、書き方を間違えるとAに対する愚痴に聞こえてしまう
可能性があるのだが、状況分析の為の例ととらえてほしい。
その仕事の中でのミーティングにおける会話はこんな感じである。
上司: 「で、〜についてはどう思う?どういった手法が
ベストであろうか?」
A: 「〜の方法や、〜の方法がある。」
上司: 「うん、そうか!確かにその通りだ。それは良いアイディアだ。」
自分: 「〜の方法や、〜の方法もある。こういった方法もうまくいった。」
上司: 「...」
上司: 「それでA、お前の手法についてだが、〜、〜。」
このプロジェクトにおいては、このような感じのミーティングが
自分にとって数多くあった。そして、議題は自分の過去の経験や
プロジェクトにおける実績のある分野にもかかわらずである。
ひどい場合、それでも食いついて意見をしていくと、仮に正しい
有用な意見を言っていたとしても、自分が煙たく扱われる場合さえ
ある。実際に、こういった場面に出っくわすとかなりきついし、
こたえる。いままでの自分の経験はどうなったのだ?とも思いたく
もなる。
もう分かるかもしれないが、このAと自分では、Articulation Skill
にかなり差があったのである。Aは自分の同僚の中で、このスキルが
抜群に優れていると思う。
当たり前のことかもしれないが、人は「正しい」意見より、
「正しく聞こえる」意見を聞く。人によっては「正しく聞こえる」
意見から「正しい」意見を見分けられる人もいるかもしれないが、
例えば上司がその人の専門ではない知識を部下に求めている場合は、
その見分けは難しく、やはり正しく聞こえる意見を聞くであろう。
さて、ここまでキツい状況は極端な例ではあるが、Articulation Skill
の重要さを自分が実感した良い例である。さらに極端な場合は、
仮にAが間違った意見を言っていたとしても、状況は変わらなかった。
これは正直キツい。「あの人がものを言うと、何を言っても正しく
聞こえる」という人に出会ったことがある人はいるのではないだろうか?
このように、正しいことを言っているはずなのに、議論において
負けることを経験すると、このArticulation Skillの必要性
にいやでも気づく。
自分の場合、一度のミーティングで数回このような場面に出くわ
すと、解決の足しになる経験のある人の意見を聞きたくないのなら
じゃあいいよ(大人げない。。。)、と意見をする気をなくしていた。
(これをおまえはミーティング中にフリーズすると親友や、
マネージャーに怒られる。)
そして、以前はそのArticulation Skillのある人を煙たく思ったり、
なぜ自分の意見を聞いてくれないのか、さらには間違った意見でさえ
正しいように言う方が悪い(これは実際にいかんが。。。)、などと
自分の意見を聞かない人のせいにしていた。
さて、ここで親友に一度ガツンと言われたことがある。ミーティングに
おいて、正しい意見を言い、チームをあるべく方向に導くのはリーダー
としての仕事だろう。もうそういった責任が有る以上は自分一人の
仕事ではないのだから、フリーズは許されないと。
その通りである。しかし正直、同時にその意見は「キツいなあ」とも
思った。自分なりに簡単にあきらめていたわけではないからである。
発言の仕方を色々工夫したり、Aの発言方法を見習ったり、
マネージャーに意見を聞いたり、いろいろ試したのだが、その
プロジェクトはどうしてもミーティングにおいてAの意見に
競り勝てなかった。
これはその人のArticulation Skillが極めて高かったのもあると思うし、
そのプロジェクトのその上のリーダーがそういった性格、能力を評価
し過ぎたというのもあるかもしれない。しかし、理由はどうであれ、
そのプロジェクトにおいては自分はリーダーとして失格である。
さきにも書いたが、このプロジェクトは極めて極端なケースでは
ある。全てのプロジェクト、ミーティングがここまで難易度が
高いわけではないし、ここまで競争が激しいわけでもない。
いまの自分のArticulation Skillでも通常は発言できるのだが、
こういったシビアな状況があるという事を経験できたのは、その
プロジェクトに参加した事による一番の収穫だったかもしれない。
さらには、想像するに、ポジションがより上がればもっとこういう
状況はより増えるであろう。
ちなみに、ポジションがうえであれば、うえであるほど、みんな
このArticulation Skillにかなり長けている。さらにはそこまで
上がった人々は、みな社内政治、自己アピールのスキルにも長け
ている。これからはさらに、こういった人々とミーティングを
重ねていかなくてはならないし、意見が対立した場合、議論に
勝たなくてはならない状況もある。
結局、原因は、自分のArticulation Skillの低さにあったと
思う。英語は日本人にとって第二外国語であるから難しいのは
当然だが、それももう責任が有る以上は言い訳にはならない。
仮にこういったシビアなミーティングにおいても、きちんと
プロジェクトをうまくまわす為に必要な意見を、人々に「聞かせる」
Articulation Skillを覚えなくてはならない。
最後に、いままで10年ほど、自分は英語圏における
コニュミケーション能力や生活能力を上げる為に、私生活を含め
意識的に外国人のみと生活をしてきた。にも関わらず、この
Articulation Skillの重要性に気がついたのは比較的最近である。
上のような悔しい思いをしないと気づかないからかもしれない。
また、日常生活を、何年も英語で外国人とのみしているだけでは、
苦手な人にとっては上の例のようなシビアなミーティングで、
満足いくようなArticulation Skillは身に付かなかった。
つまり、自分の様に苦手な人は、意識的にそれを上達させて
いかないと身につかないと思う。
Part.3は、上達の活路を見出す為に、英語における
Articulation skillとは、具体的にどういうスキルかを、
自分なりの定義で掘り下げてみたい。
「Articulation skill」の重要性 --- Part.3へ
Part.2は、なぜこの「Articulation Skill」が、海外で働く
上で重要であると自分が思うかを掘り下げてみたい。
まずはこんな経験を披露してみる。
仕事をする上で、過去の仕事の経験等から、自分が認めて
もらっている分野がいくつかある。例えばその分野が必要な
新しいプロジェクトが入れば、自分が相談を受けるといった
分野である。
そんななか、その分野が必要なプロジェクトに参加していた
際に、どのミーティングに参加しても自分の意見が無視される
といった経験をした。
このプロジェクトのセッティングとしては、自分の他に、同僚の
Aという存在があった。
この項目は、書き方を間違えるとAに対する愚痴に聞こえてしまう
可能性があるのだが、状況分析の為の例ととらえてほしい。
その仕事の中でのミーティングにおける会話はこんな感じである。
上司: 「で、〜についてはどう思う?どういった手法が
ベストであろうか?」
A: 「〜の方法や、〜の方法がある。」
上司: 「うん、そうか!確かにその通りだ。それは良いアイディアだ。」
自分: 「〜の方法や、〜の方法もある。こういった方法もうまくいった。」
上司: 「...」
上司: 「それでA、お前の手法についてだが、〜、〜。」
このプロジェクトにおいては、このような感じのミーティングが
自分にとって数多くあった。そして、議題は自分の過去の経験や
プロジェクトにおける実績のある分野にもかかわらずである。
ひどい場合、それでも食いついて意見をしていくと、仮に正しい
有用な意見を言っていたとしても、自分が煙たく扱われる場合さえ
ある。実際に、こういった場面に出っくわすとかなりきついし、
こたえる。いままでの自分の経験はどうなったのだ?とも思いたく
もなる。
もう分かるかもしれないが、このAと自分では、Articulation Skill
にかなり差があったのである。Aは自分の同僚の中で、このスキルが
抜群に優れていると思う。
当たり前のことかもしれないが、人は「正しい」意見より、
「正しく聞こえる」意見を聞く。人によっては「正しく聞こえる」
意見から「正しい」意見を見分けられる人もいるかもしれないが、
例えば上司がその人の専門ではない知識を部下に求めている場合は、
その見分けは難しく、やはり正しく聞こえる意見を聞くであろう。
さて、ここまでキツい状況は極端な例ではあるが、Articulation Skill
の重要さを自分が実感した良い例である。さらに極端な場合は、
仮にAが間違った意見を言っていたとしても、状況は変わらなかった。
これは正直キツい。「あの人がものを言うと、何を言っても正しく
聞こえる」という人に出会ったことがある人はいるのではないだろうか?
このように、正しいことを言っているはずなのに、議論において
負けることを経験すると、このArticulation Skillの必要性
にいやでも気づく。
自分の場合、一度のミーティングで数回このような場面に出くわ
すと、解決の足しになる経験のある人の意見を聞きたくないのなら
じゃあいいよ(大人げない。。。)、と意見をする気をなくしていた。
(これをおまえはミーティング中にフリーズすると親友や、
マネージャーに怒られる。)
そして、以前はそのArticulation Skillのある人を煙たく思ったり、
なぜ自分の意見を聞いてくれないのか、さらには間違った意見でさえ
正しいように言う方が悪い(これは実際にいかんが。。。)、などと
自分の意見を聞かない人のせいにしていた。
さて、ここで親友に一度ガツンと言われたことがある。ミーティングに
おいて、正しい意見を言い、チームをあるべく方向に導くのはリーダー
としての仕事だろう。もうそういった責任が有る以上は自分一人の
仕事ではないのだから、フリーズは許されないと。
その通りである。しかし正直、同時にその意見は「キツいなあ」とも
思った。自分なりに簡単にあきらめていたわけではないからである。
発言の仕方を色々工夫したり、Aの発言方法を見習ったり、
マネージャーに意見を聞いたり、いろいろ試したのだが、その
プロジェクトはどうしてもミーティングにおいてAの意見に
競り勝てなかった。
これはその人のArticulation Skillが極めて高かったのもあると思うし、
そのプロジェクトのその上のリーダーがそういった性格、能力を評価
し過ぎたというのもあるかもしれない。しかし、理由はどうであれ、
そのプロジェクトにおいては自分はリーダーとして失格である。
さきにも書いたが、このプロジェクトは極めて極端なケースでは
ある。全てのプロジェクト、ミーティングがここまで難易度が
高いわけではないし、ここまで競争が激しいわけでもない。
いまの自分のArticulation Skillでも通常は発言できるのだが、
こういったシビアな状況があるという事を経験できたのは、その
プロジェクトに参加した事による一番の収穫だったかもしれない。
さらには、想像するに、ポジションがより上がればもっとこういう
状況はより増えるであろう。
ちなみに、ポジションがうえであれば、うえであるほど、みんな
このArticulation Skillにかなり長けている。さらにはそこまで
上がった人々は、みな社内政治、自己アピールのスキルにも長け
ている。これからはさらに、こういった人々とミーティングを
重ねていかなくてはならないし、意見が対立した場合、議論に
勝たなくてはならない状況もある。
結局、原因は、自分のArticulation Skillの低さにあったと
思う。英語は日本人にとって第二外国語であるから難しいのは
当然だが、それももう責任が有る以上は言い訳にはならない。
仮にこういったシビアなミーティングにおいても、きちんと
プロジェクトをうまくまわす為に必要な意見を、人々に「聞かせる」
Articulation Skillを覚えなくてはならない。
最後に、いままで10年ほど、自分は英語圏における
コニュミケーション能力や生活能力を上げる為に、私生活を含め
意識的に外国人のみと生活をしてきた。にも関わらず、この
Articulation Skillの重要性に気がついたのは比較的最近である。
上のような悔しい思いをしないと気づかないからかもしれない。
また、日常生活を、何年も英語で外国人とのみしているだけでは、
苦手な人にとっては上の例のようなシビアなミーティングで、
満足いくようなArticulation Skillは身に付かなかった。
つまり、自分の様に苦手な人は、意識的にそれを上達させて
いかないと身につかないと思う。
Part.3は、上達の活路を見出す為に、英語における
Articulation skillとは、具体的にどういうスキルかを、
自分なりの定義で掘り下げてみたい。
「Articulation skill」の重要性 --- Part.3へ
2009年12月3日木曜日
「Articulation skill」の重要性 --- Part.1
いま自分の中で旬な英単語がある。
「Articulate」という単語をご存知だろうか?
自分は、ここ数年まで、接する事のない単語であった。
面白い事に、日本語にはこれに相当する単語が無い。
辞書を引くとこんな感じである。
* 英語:
Expressing oneself easily in clear and effective language
(http://www.thefreedictionary.com/articulating)
* 日本語:
〈考え・感情などを〉明瞭、効果的に表現する.
(http://ejje.weblio.jp/content/articulate)
* 自分なりの、今の生活環境にあった定義はこんな感じであると思う:
「自分のその場で思い浮かぶ考えを、瞬時に、簡潔に、誤解無く、説得力をもって、表現する」
である。
この「Articulation skill」、こっちの環境で仕事を
経験すればするほど、重要になってくる。特にこのブログ
のテーマの一つでもある、国際環境におけるリーダーシップ
においては、無いと致命傷とも言えると思う。
このことに気づくのが自分はちょっと遅かった。もっと
はやく気づきたかった。この項目を書く事により、いつか
どこかで誰かが、自分と同じことを目指した場合、自分より
早いタイミングで気づいてくれると、うれしい。
英語におけるArticulation skill、最近マネージャー
に頻繁に言われる、リーダーを目指す上で、自分が不得意で、
磨くべくスキルである。
もちろん、英語においてのコミュニケーションの時のみ
の話ではない。ただ、その重要性が、ここのカルチャーでは
さらに増すと思う。
「オバマ大統領の演説を見れば誰でもそれが重要な
ことぐらいわかるだろう?」
「そんな事はよく一般的に言われていることではないか?」
と突っ込まれそうだが、思うにこの話はもっと奥が深い。
このArticulationの話、もう1ヶ月ほど書いているのだが
いまいち表現したい事がまとまらない(文章におけるArticulate
ができていない?(笑))。書けば書くほど、書きたい事が増える。
なので細かくパートにわけ、沢山書いて行こうと思う。
Part.1は、Articulationの定義、および問題提起に
とどめておく。
Part.2は、自分の経験から、具体例を通して、なぜこれほど
に重要と感じるかを書きたいと思う。
「Articulation skill」の重要性 --- Part.2へ
「Articulate」という単語をご存知だろうか?
自分は、ここ数年まで、接する事のない単語であった。
面白い事に、日本語にはこれに相当する単語が無い。
辞書を引くとこんな感じである。
* 英語:
Expressing oneself easily in clear and effective language
(http://www.thefreedictionary.com/articulating)
* 日本語:
〈考え・感情などを〉明瞭、効果的に表現する.
(http://ejje.weblio.jp/content/articulate)
* 自分なりの、今の生活環境にあった定義はこんな感じであると思う:
「自分のその場で思い浮かぶ考えを、瞬時に、簡潔に、誤解無く、説得力をもって、表現する」
である。
この「Articulation skill」、こっちの環境で仕事を
経験すればするほど、重要になってくる。特にこのブログ
のテーマの一つでもある、国際環境におけるリーダーシップ
においては、無いと致命傷とも言えると思う。
このことに気づくのが自分はちょっと遅かった。もっと
はやく気づきたかった。この項目を書く事により、いつか
どこかで誰かが、自分と同じことを目指した場合、自分より
早いタイミングで気づいてくれると、うれしい。
英語におけるArticulation skill、最近マネージャー
に頻繁に言われる、リーダーを目指す上で、自分が不得意で、
磨くべくスキルである。
もちろん、英語においてのコミュニケーションの時のみ
の話ではない。ただ、その重要性が、ここのカルチャーでは
さらに増すと思う。
「オバマ大統領の演説を見れば誰でもそれが重要な
ことぐらいわかるだろう?」
「そんな事はよく一般的に言われていることではないか?」
と突っ込まれそうだが、思うにこの話はもっと奥が深い。
このArticulationの話、もう1ヶ月ほど書いているのだが
いまいち表現したい事がまとまらない(文章におけるArticulate
ができていない?(笑))。書けば書くほど、書きたい事が増える。
なので細かくパートにわけ、沢山書いて行こうと思う。
Part.1は、Articulationの定義、および問題提起に
とどめておく。
Part.2は、自分の経験から、具体例を通して、なぜこれほど
に重要と感じるかを書きたいと思う。
「Articulation skill」の重要性 --- Part.2へ
2009年11月5日木曜日
熱の入った外国の会議で発言していくには 〜前編
国際環境での会議はどんな感じか 〜状況説明」に戻る
国際環境の会議でなぜ発言できないか 〜現状分析」に戻る
もし自分が仮にビジネス向けの英会話スクールの
カリキュラムを組むとしたら、こんなクラスを一つ
設けると思う。
「会話の流れを意識し発言の終わりのタイミングを読む」
クラスである。
このクラスの授業では、誰かがなにか英語で物を話して
いるときに、その話している内容の詳細に注意を払うの
ではなく、その話がどのタイミングで終わりそうかを、
感覚的に予測する練習だけを繰り返しするのである。
このクラスの必要性を考える為に、
「国際環境での会議はどんな感じか 〜状況説明」
「国際環境の会議でなぜ発言できないか 〜現状分析」
を参照していただきたいのだが、いろいろな国の人の
まざる仕事場で、論議のヒートアップした会議に
参加すると、仮に自分の精通した議題のミーティングで、
英会話が得意であっても、なかなか話に参加ができない
という現象が起こる。
上の読み物に書いた通り、自分はそれが日本の
会議における発言形態と、個人の主張の強い環境に
おける会議の発言形態が異なることによると思う。
この個人の意見の強いカルチャーにおいて、複数の
人が熱の入った論議をしている様子を観察すると、
みな、とある同じタイミングで発言を始めている事に
気づく。
それは、前の人の話がまさに終わりそうというタイミング
で、次の人が自分の発言を始めているのである。これがみな
このビミョーなタイミングを、意識的か無意識か、きちんと
押さえているのである。
このタイミングがもう少し早いと、誰かの話の真っ最中に
自分が話しだすので、さすがにそれは失礼である。逆に
それがもう少し遅いと、誰か他の人がそのタイミングで
次の意見をもう言い出しているのである。
つまり、前の人が何か意見を言い終わってから自分が
話そうとすると、なかなか自分の話す機会は回ってこない
のである。
思うに我々にとって英語など母国語ではない言語での
コミュニケーションにおいては、話の内容を理解することには
通常集中するが、流れや終わりのタイミングまで意識
することは自然とはしていない事が多い。(自分だけ?)
それに気づいてからは、こんな試みを取り入れるようにした。
会社への通勤時間や、どこか目的地への車での移動時間など、
ラジオ番組のパーソナリティがゲストとなにかディスカッション
をしているものを聞く(ゲストの数が多ければ多いほど良い)。
そして、とにかくまずは話の内容ではなく、流れを聞き取る
訓練をするのである。このひとは今何の話をしていて、どの辺
で話の落ちが来そうか、や、いまは話の状況説明をしているから、
それが終わったらなにか自分の意見を言うだろうな、そして
その後がこの話の終わりであろう、といったことに集中をしてみた。
話の内容ではなく、流れに意識を移すと、以外とその話の終わりが
どの辺で来そうかといったことを予測するのはそんなに難しい
事ではなくなる。
話の流れを意識する事に慣れて来たら、これを人前でやることは
オススメはしないが(笑)、つぎはラジオ内で話している人々の会話に
参加をしてみる。誰かが話をしていると、その人の発言の
終わりを、流れを意識しながら待ち、その終わりのタイミングを
予測してその話に対してなにか意見を言ってみる。そのタイミング
が他のゲストと合えば成功である。
そして、こういった事を移動時間にやっていると、無意識的に人の
話の終わりのタイミングを想像できる様になってくる。幸運なことに、
意識さえすればこれに慣れる事は結構簡単である。
ラジオの他に、自分がよく使っていたのは、トークショーなど
テレビにおける、複数のコメディアンが熱い議論を交わしている
番組である。コメディアン各々が、テレビで自分が一番面白い事を
言わなくてはならない様子は、こっちの熱の入ったミーティングに
似ているのである。その発言のタイミングに、自分も参加できる
ようになれば、現実のミーティングにおいて、自分も発言の
タイミングがつかめる様になるのである。
参考までに、"Chelsea Lately"というコメディーのトークショー
があるのだが、そのなかの、コメディアンが数人でテーブルを囲み
冗談を言い合っているところなどが参考になる。
ちなみに、このタイミングの感覚を覚えると、日常生活における
友達との雑談も自然とうまくなる。議論の激しいミーティングほど
シビアではないが、数人の友達とわいわいとどうでもよい話をして
いるときに、会話に参加しやすくなるのである。英語における会議や
友達との会話に参加しにくい思いをした事のある場合は、考えてみると
面白い。
次回は、この発言のタイミングを読める様になってから、
外国人の会議を観察しているとさらに見えてくる、細かい
テクニックを紹介したい。
「熱の入った外国の会議で発言していくには 〜後編」へ進む
国際環境の会議でなぜ発言できないか 〜現状分析」に戻る
もし自分が仮にビジネス向けの英会話スクールの
カリキュラムを組むとしたら、こんなクラスを一つ
設けると思う。
「会話の流れを意識し発言の終わりのタイミングを読む」
クラスである。
このクラスの授業では、誰かがなにか英語で物を話して
いるときに、その話している内容の詳細に注意を払うの
ではなく、その話がどのタイミングで終わりそうかを、
感覚的に予測する練習だけを繰り返しするのである。
このクラスの必要性を考える為に、
「国際環境での会議はどんな感じか 〜状況説明」
「国際環境の会議でなぜ発言できないか 〜現状分析」
を参照していただきたいのだが、いろいろな国の人の
まざる仕事場で、論議のヒートアップした会議に
参加すると、仮に自分の精通した議題のミーティングで、
英会話が得意であっても、なかなか話に参加ができない
という現象が起こる。
上の読み物に書いた通り、自分はそれが日本の
会議における発言形態と、個人の主張の強い環境に
おける会議の発言形態が異なることによると思う。
この個人の意見の強いカルチャーにおいて、複数の
人が熱の入った論議をしている様子を観察すると、
みな、とある同じタイミングで発言を始めている事に
気づく。
それは、前の人の話がまさに終わりそうというタイミング
で、次の人が自分の発言を始めているのである。これがみな
このビミョーなタイミングを、意識的か無意識か、きちんと
押さえているのである。
このタイミングがもう少し早いと、誰かの話の真っ最中に
自分が話しだすので、さすがにそれは失礼である。逆に
それがもう少し遅いと、誰か他の人がそのタイミングで
次の意見をもう言い出しているのである。
つまり、前の人が何か意見を言い終わってから自分が
話そうとすると、なかなか自分の話す機会は回ってこない
のである。
思うに我々にとって英語など母国語ではない言語での
コミュニケーションにおいては、話の内容を理解することには
通常集中するが、流れや終わりのタイミングまで意識
することは自然とはしていない事が多い。(自分だけ?)
それに気づいてからは、こんな試みを取り入れるようにした。
会社への通勤時間や、どこか目的地への車での移動時間など、
ラジオ番組のパーソナリティがゲストとなにかディスカッション
をしているものを聞く(ゲストの数が多ければ多いほど良い)。
そして、とにかくまずは話の内容ではなく、流れを聞き取る
訓練をするのである。このひとは今何の話をしていて、どの辺
で話の落ちが来そうか、や、いまは話の状況説明をしているから、
それが終わったらなにか自分の意見を言うだろうな、そして
その後がこの話の終わりであろう、といったことに集中をしてみた。
話の内容ではなく、流れに意識を移すと、以外とその話の終わりが
どの辺で来そうかといったことを予測するのはそんなに難しい
事ではなくなる。
話の流れを意識する事に慣れて来たら、これを人前でやることは
オススメはしないが(笑)、つぎはラジオ内で話している人々の会話に
参加をしてみる。誰かが話をしていると、その人の発言の
終わりを、流れを意識しながら待ち、その終わりのタイミングを
予測してその話に対してなにか意見を言ってみる。そのタイミング
が他のゲストと合えば成功である。
そして、こういった事を移動時間にやっていると、無意識的に人の
話の終わりのタイミングを想像できる様になってくる。幸運なことに、
意識さえすればこれに慣れる事は結構簡単である。
ラジオの他に、自分がよく使っていたのは、トークショーなど
テレビにおける、複数のコメディアンが熱い議論を交わしている
番組である。コメディアン各々が、テレビで自分が一番面白い事を
言わなくてはならない様子は、こっちの熱の入ったミーティングに
似ているのである。その発言のタイミングに、自分も参加できる
ようになれば、現実のミーティングにおいて、自分も発言の
タイミングがつかめる様になるのである。
参考までに、"Chelsea Lately"というコメディーのトークショー
があるのだが、そのなかの、コメディアンが数人でテーブルを囲み
冗談を言い合っているところなどが参考になる。
ちなみに、このタイミングの感覚を覚えると、日常生活における
友達との雑談も自然とうまくなる。議論の激しいミーティングほど
シビアではないが、数人の友達とわいわいとどうでもよい話をして
いるときに、会話に参加しやすくなるのである。英語における会議や
友達との会話に参加しにくい思いをした事のある場合は、考えてみると
面白い。
次回は、この発言のタイミングを読める様になってから、
外国人の会議を観察しているとさらに見えてくる、細かい
テクニックを紹介したい。
「熱の入った外国の会議で発言していくには 〜後編」へ進む
2009年10月31日土曜日
仕事のスマートな主張の必要性
「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 1」に戻る
「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 2」に戻る
自分はいまだに上司やマネジャー、仕事仲間に繰り返し
言われる事がある。
「お前はもっと自分のやった仕事を、社内の同僚や、
特に上司にアピールしたほうがいいよ。」
と。
これを初めて言われた時に思ったことは、日本人的
な感覚からして
「んん?」
であった。なぜ自分の仕事をわざわざ同僚や
上司に主張しなくてはならないのか?と思った。
仮にきちんと仕事をしているのであれば、そんな事は
他人に、ましてや上司にアピールする事ではない
だろうと。
自分の中の基本理念はこうである。仕事とは、自分が
やりがいがあり、自分で作りたい映像があり、よい仕事
をすれば、その結果により次の仕事や、よりやりがいの
ある次のタスクにつながる。
そして、結果をだしていけば、成果はいずれ自然
とついてくる。つまり、自分の仕事ぶりを、そのため
わざわざ上司やマネージャーに主張する必要など無い
はずである、といったものである。
しかし、現実はこうではない。このブログのいろいろな
ところのテーマにもなっているが、自分の生活している
環境は、個人主義で自己主張の強く、それが普通な社会
である。
自己主張の強い環境においては、少なくとも最低限自分
の得るべく権利は主張しなくては、自分の得るべくものが
得にくいという現実がある。それは周りがみな主張している
ためである。
(この読み物はその応用編で、自分の権利を自己主張の強い
社会で守る基礎は、
「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 1」
「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 2」
を見てほしい。)
自分の知り合いの中には、仕事が一つ終わるたびに、
自分がこれだけの仕事をしたのだから、これだけの手柄
(休暇、給与、精進など)が欲しいと、交渉している
ひとも結構いる。
こっちのカルチャーは、自分の権利を主張することが
横柄であるという感覚はない。もし上司やマネジャー
が自分の要求した権利に同意をしなかったら、その理由を
言われ、「そうか」と話が終わるだけである。
自分の思う得るべく権利を、仮に間違っていても、主張
すること自体は問題はない。もちろん、ただただ主張する
のではなく、このタイトルにもある「スマートな」主張が
必要であるが、それはまた後の読み物で具体例を書きたい。
(ちなみに、もし度が過ぎた主張をした場合でも、あとで
「あいつあんなむちゃくちゃな要求しやがったよ」と冗談で
言われるぐらいである。さすがにそれを繰り返しするの
はまずいが。。。おそらく我々日本人的な感覚では欲しい
物を全て主張しても足りないぐらいであろう。)
「欲しい物は欲しいと言わなくてはいけない」
この一言も、自分が何度も上司やマネジャーに言われている
セリフなのだが、自分が最初にこれを言われた時はかなり
驚いた。しかしこれが自己主張の強いカルチャーの日常であり、
こっちの人はこれが普通と思っているという事実を、海外で
働く我々は認識しなくてはならないと思う。
日本人の感覚からすると、むしろ欲しいものを主張するのは
いけないことといった感覚の方が強いと思う。謙虚に、与え
られる物を頂戴するというのが我々のカルチャーであり、
美徳である。
「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 1」にも
書いたが、どちらが良い悪いかを議論するのが目的ではなく、
両者には文化に基づいた理由があると思う。考えなくては
ならないのは、片一方のカルチャーがもう片方に入ったときに、
いかに対応するかであると思う。
話を戻すと、「お前はもっと自分のやった仕事を、社内の
同僚や、特に上司にアピールしたほうがいいよ。」という
意見は、それをみなしているよ、そうでないとここでは
損をするよ、という事実に対するアドバイスである。
同じ仕事をしている人がいるとすると、やはり自己主張
をしていない人は、それをしている人においていかれて
しまう。残念ながらこれが現実である。
みなが自分の主張をするのが普通のカルチャーにおいて
は、最低限、自分の得るべく権利を守る為に、彼らの主張
の仕方を覚える必要があるというのが現在の自分の考え方で
ある。仕組みやカルチャーが自分の権利をまもってくれない
場合は、それを守る手だてを覚えるのは自分の責任であると
思う。
そのためにも、こっちでは我々も仕事のスマートな
主張の仕方を覚えなくてはならないと思う。
次は、上の基本理念である、自己主張など気にせず、
仕事をした人が、きちんと自然と手柄を得られる
仕組みを作るための考えを書いてみたい。
「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 2」に戻る
自分はいまだに上司やマネジャー、仕事仲間に繰り返し
言われる事がある。
「お前はもっと自分のやった仕事を、社内の同僚や、
特に上司にアピールしたほうがいいよ。」
と。
これを初めて言われた時に思ったことは、日本人的
な感覚からして
「んん?」
であった。なぜ自分の仕事をわざわざ同僚や
上司に主張しなくてはならないのか?と思った。
仮にきちんと仕事をしているのであれば、そんな事は
他人に、ましてや上司にアピールする事ではない
だろうと。
自分の中の基本理念はこうである。仕事とは、自分が
やりがいがあり、自分で作りたい映像があり、よい仕事
をすれば、その結果により次の仕事や、よりやりがいの
ある次のタスクにつながる。
そして、結果をだしていけば、成果はいずれ自然
とついてくる。つまり、自分の仕事ぶりを、そのため
わざわざ上司やマネージャーに主張する必要など無い
はずである、といったものである。
しかし、現実はこうではない。このブログのいろいろな
ところのテーマにもなっているが、自分の生活している
環境は、個人主義で自己主張の強く、それが普通な社会
である。
自己主張の強い環境においては、少なくとも最低限自分
の得るべく権利は主張しなくては、自分の得るべくものが
得にくいという現実がある。それは周りがみな主張している
ためである。
(この読み物はその応用編で、自分の権利を自己主張の強い
社会で守る基礎は、
「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 1」
「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 2」
を見てほしい。)
自分の知り合いの中には、仕事が一つ終わるたびに、
自分がこれだけの仕事をしたのだから、これだけの手柄
(休暇、給与、精進など)が欲しいと、交渉している
ひとも結構いる。
こっちのカルチャーは、自分の権利を主張することが
横柄であるという感覚はない。もし上司やマネジャー
が自分の要求した権利に同意をしなかったら、その理由を
言われ、「そうか」と話が終わるだけである。
自分の思う得るべく権利を、仮に間違っていても、主張
すること自体は問題はない。もちろん、ただただ主張する
のではなく、このタイトルにもある「スマートな」主張が
必要であるが、それはまた後の読み物で具体例を書きたい。
(ちなみに、もし度が過ぎた主張をした場合でも、あとで
「あいつあんなむちゃくちゃな要求しやがったよ」と冗談で
言われるぐらいである。さすがにそれを繰り返しするの
はまずいが。。。おそらく我々日本人的な感覚では欲しい
物を全て主張しても足りないぐらいであろう。)
「欲しい物は欲しいと言わなくてはいけない」
この一言も、自分が何度も上司やマネジャーに言われている
セリフなのだが、自分が最初にこれを言われた時はかなり
驚いた。しかしこれが自己主張の強いカルチャーの日常であり、
こっちの人はこれが普通と思っているという事実を、海外で
働く我々は認識しなくてはならないと思う。
日本人の感覚からすると、むしろ欲しいものを主張するのは
いけないことといった感覚の方が強いと思う。謙虚に、与え
られる物を頂戴するというのが我々のカルチャーであり、
美徳である。
「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 1」にも
書いたが、どちらが良い悪いかを議論するのが目的ではなく、
両者には文化に基づいた理由があると思う。考えなくては
ならないのは、片一方のカルチャーがもう片方に入ったときに、
いかに対応するかであると思う。
話を戻すと、「お前はもっと自分のやった仕事を、社内の
同僚や、特に上司にアピールしたほうがいいよ。」という
意見は、それをみなしているよ、そうでないとここでは
損をするよ、という事実に対するアドバイスである。
同じ仕事をしている人がいるとすると、やはり自己主張
をしていない人は、それをしている人においていかれて
しまう。残念ながらこれが現実である。
みなが自分の主張をするのが普通のカルチャーにおいて
は、最低限、自分の得るべく権利を守る為に、彼らの主張
の仕方を覚える必要があるというのが現在の自分の考え方で
ある。仕組みやカルチャーが自分の権利をまもってくれない
場合は、それを守る手だてを覚えるのは自分の責任であると
思う。
そのためにも、こっちでは我々も仕事のスマートな
主張の仕方を覚えなくてはならないと思う。
次は、上の基本理念である、自己主張など気にせず、
仕事をした人が、きちんと自然と手柄を得られる
仕組みを作るための考えを書いてみたい。
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