2009年10月31日土曜日

仕事のスマートな主張の必要性

「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 1」に戻る
「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 2」に戻る


自分はいまだに上司やマネジャー、仕事仲間に繰り返し
言われる事がある。

「お前はもっと自分のやった仕事を、社内の同僚や、
特に上司にアピールしたほうがいいよ。」

と。

これを初めて言われた時に思ったことは、日本人的
な感覚からして

「んん?」

であった。なぜ自分の仕事をわざわざ同僚や
上司に主張しなくてはならないのか?と思った。

仮にきちんと仕事をしているのであれば、そんな事は
他人に、ましてや上司にアピールする事ではない
だろうと。

自分の中の基本理念はこうである。仕事とは、自分が
やりがいがあり、自分で作りたい映像があり、よい仕事
をすれば、その結果により次の仕事や、よりやりがいの
ある次のタスクにつながる。

そして、結果をだしていけば、成果はいずれ自然
とついてくる。つまり、自分の仕事ぶりを、そのため
わざわざ上司やマネージャーに主張する必要など無い
はずである、といったものである。

しかし、現実はこうではない。このブログのいろいろな
ところのテーマにもなっているが、自分の生活している
環境は、個人主義で自己主張の強く、それが普通な社会
である。

自己主張の強い環境においては、少なくとも最低限自分
の得るべく権利は主張しなくては、自分の得るべくものが
得にくいという現実がある。それは周りがみな主張している
ためである。

(この読み物はその応用編で、自分の権利を自己主張の強い
社会で守る基礎は、
「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 1」
「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 2」
を見てほしい。)

自分の知り合いの中には、仕事が一つ終わるたびに、
自分がこれだけの仕事をしたのだから、これだけの手柄
(休暇、給与、精進など)が欲しいと、交渉している
ひとも結構いる。

こっちのカルチャーは、自分の権利を主張することが
横柄であるという感覚はない。もし上司やマネジャー
が自分の要求した権利に同意をしなかったら、その理由を
言われ、「そうか」と話が終わるだけである。

自分の思う得るべく権利を、仮に間違っていても、主張
すること自体は問題はない。もちろん、ただただ主張する
のではなく、このタイトルにもある「スマートな」主張が
必要であるが、それはまた後の読み物で具体例を書きたい。
(ちなみに、もし度が過ぎた主張をした場合でも、あとで
「あいつあんなむちゃくちゃな要求しやがったよ」と冗談で
言われるぐらいである。さすがにそれを繰り返しするの
はまずいが。。。おそらく我々日本人的な感覚では欲しい
物を全て主張しても足りないぐらいであろう。)

「欲しい物は欲しいと言わなくてはいけない」

この一言も、自分が何度も上司やマネジャーに言われている
セリフなのだが、自分が最初にこれを言われた時はかなり
驚いた。しかしこれが自己主張の強いカルチャーの日常であり、
こっちの人はこれが普通と思っているという事実を、海外で
働く我々は認識しなくてはならないと思う。

日本人の感覚からすると、むしろ欲しいものを主張するのは
いけないことといった感覚の方が強いと思う。謙虚に、与え
られる物を頂戴するというのが我々のカルチャーであり、
美徳である。

「日本人と外国人との仕事に対する姿勢の違い Part. 1」にも
書いたが、どちらが良い悪いかを議論するのが目的ではなく、
両者には文化に基づいた理由があると思う。考えなくては
ならないのは、片一方のカルチャーがもう片方に入ったときに、
いかに対応するかであると思う。

話を戻すと、「お前はもっと自分のやった仕事を、社内の
同僚や、特に上司にアピールしたほうがいいよ。」という
意見は、それをみなしているよ、そうでないとここでは
損をするよ、という事実に対するアドバイスである。

同じ仕事をしている人がいるとすると、やはり自己主張
をしていない人は、それをしている人においていかれて
しまう。残念ながらこれが現実である。

みなが自分の主張をするのが普通のカルチャーにおいて
は、最低限、自分の得るべく権利を守る為に、彼らの主張
の仕方を覚える必要があるというのが現在の自分の考え方で
ある。仕組みやカルチャーが自分の権利をまもってくれない
場合は、それを守る手だてを覚えるのは自分の責任であると
思う。

そのためにも、こっちでは我々も仕事のスマートな
主張の仕方を覚えなくてはならないと思う。

次は、上の基本理念である、自己主張など気にせず、
仕事をした人が、きちんと自然と手柄を得られる
仕組みを作るための考えを書いてみたい。

2009年9月27日日曜日

待ち時間における社交性の極意?

「ジャグジーにおける社交性」に戻る

つい先日、昼食を会社の隣にあるカフェで買っている
ときのことである。

自分はその日のオススメのタイ風カレーをテイクアウト
用にオーダした。その日はカフェが混んでおり、そういう
日はオーダーができるまで大体10分ほどかかる。

オーダーと清算を終え、番号札をもらい、あとはレジの
先で10分ほど待つ状況である。

そんななか、後ろからカフェに会社のプロデューサーが
一人で入ってくる。彼とは何度か仕事をしており、すれ
違い様に一言、二言、程度の雑談をかわす関係ではある。

また、プロデューサーという役職上、自分より年齢は結構上
で、つまり、彼とは仕事上の関係のみで、特に仕事の外で
つるんだり、社内でよく話をするほどの仲ではない。

自分の現在居る場所と、カフェの入り口、そしてオーダー
をする場所は少し離れており、彼が入って来た時点でお互
いの存在に気づいているかいないかは微妙なところである。

現時点での自分の社交性は、この彼と自分の仕事上の親し
さ、および今のカフェでの状況で、雑談をしたら良いか、
しなくても良いのか、と、迷う程度の段階である(恥)。

もう少しカフェでの状況を説明すると、いままですれ違い
様に通常一言、二言しか話さない程度の仕事の関係の相手
と、要は10分ほど待ち時間が一緒になるのである。

もっと条件を加える(笑)。そのカフェにはレジの先の
自分の待っている場所に、お土産屋がある。その周りに
は雑誌や土産やの商品など、オーダーの待ち時間をつぶ
す為のものがいろいろとある。そして、自分はその雑誌
を読んでいた。

さらには、そのプロデューサーは待ち時間つぶしの為か、
新聞を片手に持っていた。

つまり、その時の自分の頭の中の葛藤はこうである。

このまま、距離もあるし、親しい関係ではないので、気づ
かないふりをして自分は雑誌を読み続けよう。(どうせ彼
は新聞を読むだろうし)。正直、現在のお互いの関係上、
これがそこまで失礼にあたることはないような気がする。
しかし、そのあとに残るものは、自身の社交性の無さに
対する後悔、そしてお互いの存在には気づいてはいるの
に、話をしないあのびみょーな空気をつくってしまう。

それとも、顔見知りではあるので、それは失礼で、読んで
いる雑誌をやめ、彼がオーダーをすませたらアイコンタクト
をとり、10分の雑談に臨むか、である。しかし、
現時点の自分には、正直親しくない彼との10分間の
英語での雑談はつらい。

結局、自分の目指す所は後者のため、読んでいる雑誌を
横によけ、辛い道を選ぶ(笑)。

しかし、実際におこった事はこうであった。

まず挨拶を交わし、how are you? how's it going?
から入り、彼が自分のプロジェクトの事を聞き、一言、二言、
自分が説明し、逆に自分が彼の現在のプロジェクトのことを
聞き、一言、二言、説明が帰ってくる。10分の雑談など
ではなく、ただの挨拶の延長であった。

そして、なんとそのあとは、自分はさっき読んでいた雑誌
に戻り、彼は持っていた新聞を読み始める。驚いたことに
これが全く違和感が無かったのである。

結局、自分から相手の存在に気づき、現在やっている
ことを一時中断し、アイコンタクトをとり、挨拶程度の
雑談を交わす。その行為により、お互いまた自分の
読み物に戻っても失礼でもなく、違和感も無い。顔見
知りの同士の待ち時間に気まずい空気も流れなくなる。
とても社交性のある二人の大人の行動ではないか!!!(笑)

冗談はさておき、この出来事により気づいた事は
こうである。

こういった状況において、社交性のある大人としての行動を
することは、そんなにハードルが高くないという事である。

つまりは、あまり親しくない顔見知りの人が近くにいる、
長い待ち時間における社交性を身につけるためには、
いままで自分の思っていたようなその待ち時間中ずっと
雑談をする必要はなく、その場にいる相手の存在に敬意を
はらうためのミニ雑談をするだけで良いのである。そして、
その後は、各々のやっていた事に戻ればよいのである。

こうする事により、気まずい空気も作らず、自分も大人と
しての社交性のある行動ができ、10分間親しくない人と
雑談を続けなくても良いためハードルも低い。

ちなみに、これはジャグジーにおける社交性
書いた事と原理は同じである。それがジャグジー
だけの話ではなく、どこでも適応されるという発見
であった。

ちょっとこれから待ち時間に雑談をするのが辛い
人と会うのが楽しみになってきた(笑)。

「Social skills(社交性)はかなり大事!」の
読み物を全て表示する

2009年9月13日日曜日

ジェームズの話

まじめな英語雑談上達話や持論ネタが続いたので、
ひさしぶりにGentlemanについて書いてみたい。

自分はジェントルマンシップと、海外でのリーダー
シップには大きく関連性があると考えている。大抵
自分の尊敬するリーダー達はこのジェントルマン
シップに長けており、また、日々このジェントルマン
シップに感心させられる様な人は、その人が何らかの
リーダーのポジションを仕事等でこなしていることを、
あとから発見する場合が多い。

今回は、数年前イギリスで仕事をしていた時の、
友人ジェームズの話である。

ジェームズはイギリス人で、奥さんはアメリカ人
である。二人は長い間アメリカで生活をしており、
自分が知り合った数ヶ月前に、アメリカからイギリス
のジェームズの故郷に住居を移した所であった。

つまり、ジェームズにしてみれば自分の故郷であり、
文化も、知り合いも、慣れ親しんだ環境である。

逆に、彼の奥さんからしていえば、自分の慣れた
アメリカのカルチャー、それまでの生活環境や交友
関係など、すべてから離れたばかりの状況である。

また、そもそもイギリスに住居を移した理由が、
ジェームズの仕事の為、仕事環境の知り合いも
全てジェームズの人間関係である。彼の奥さんは
自分が知り合った時点ではまだ新しい地で仕事を
はじめておらず、本人の仕事上の人間関係もできる
前であった。よって、ジェームズの奥さんはかなり
ホームシックになり始めている時期であった。

そんななか、ジェームズの奥さんの誕生日が訪れる。
その日仕事のあとジェームズとおちあい、彼の家に
バースデーを祝いに行く途中、ちょっと途中でピック
アップしなくてはならない友人がいるという。

自分は誕生日なので何とも思わず、ジェームズと
市内にあるアパートに乗り付け、そこでジェームズの
友達のベッカをピックアップする。

そして、ジェームズと、ベッカと自分の3人で、
バースデー会場であるジェームズの家につく。

我々3人は家の中に入り、ジェームズはキッチンにいる
奥さんに後ろから声をかける。そして振り返ったジェームズ
の奥さんは、半分悲鳴のような声を上げ、「ベッカ!
何であなたがここにいるの?!?!」と。なんだか
アメリカドラマのいちシーンの様であった(笑)。

なんとこのベッカは、アメリカに住んでいるはずの、
ジェームズの奥さんの大親友であったのである!しかも
この日の数日前に、ジェームズの計らいの一部として、
わざわざベッカに出発前に奥さんに国際電話をしてもらい、
アメリカからかかっているという電話の着信もつけ、
さらにはホームシックの話や今年の誕生日にはベッカが
参加できないといった趣旨の話をしてもらうといった
までの下準備をしていたのである。本当に手の込んだ
サプライズである。

ジェームズからホームシックになっている奥さんへの
サプライズバースデープレゼントは、遠いアメリカにいる
奥さんの一番の親友を、イギリスに誘い遊びに来てもらう
為のセットアップとその旅費だったのである!

このサプライズの種明かしは、自分は事前にベッカを
ピックアップした時点で聞いていた為、奥さんほどの驚きは
無かったが、その話を車で二人から聞いたときに、ジェームズ
の気遣いにはかなり驚いた。

もう察しがつくかもしれないが、ジェームズは自分の尊敬
する上司の一人である。


「パーティーに持っていく気の利いたプレゼント?」に進む
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2009年9月3日木曜日

社内政治が嫌い、または不得意で不快な思いをしている時に

突然だが、こんな状況を想像してみてほしい。

例えば人物Aが長年あるバーで働いており、Aはその店の
まわし方を誰よりも知っており、その店での経験は誰よりも
長く、知識も経験も豊富であるとする。いずれはそこの店長
になる事が目標で、そのポジションをうまくこなすためには
何が必要かを、いろいろ考え、勉強や努力もしている。

あるとき今の店長が店をやめる事となり、そのポジションを
引き継ぐひとを現在の社員のメンバーから決めなくてはいけ
ないとする。

そして、次期店長に選ばれたのは、「オーナーのお気に入り」
の「人気者」のBであったとする。Bは「クール」な性格で、
特に「管理職に気に入られる」様なタイプの人である。
(この上の4つのキーワードの理由は後半で説明したい。)

Aは自分の方がこの店長の仕事にBより向いていると思って
おり、なぜ自分ではないのだと、不愉快な思いをする。

さて、このAの状況に自分がいると仮定した場合、
どう思い、どういう行動をするだろうか?

このような状況で、以前自分が思い、とっていた行動は
大抵こんな感じであった。

* むかつく

* Bを選んだオーナーのせいにする、もしくは
オーナーに見る目がないと愚痴る

* Bはごますりがうまいといった趣の悪口を友達と言う。

* 自分はこの店には向いていないと考える

* 自分は社内政治に向いていないと考える

* この店は自分のことが分かっていない。こんな店で
働くのは無駄だから、店を辞める、もしくは辞めると
愚痴る。または自分と同じような境遇にいる同僚と、
そんな会社辞めた方がいいんじゃないといった会話をする。

さて、ここ数年思う事は、上のような考え方は間違って
いたということである。少なくとも、上のような考え方
よりも、より自分にとってプラスになる考え方があると
考える様になった。

このような話から自分の得た事は2つである。

一つ目は、どんな理由であり、自分が何か目指す物がある
とする。それにたどり着くための仕組みが自分の理想とは
合わない場合、どうするか。それに対する愚痴を言う、
自分には合わないとあきらめる、場所、環境が変われば
良くなると思う(これは多くの場合、結局どこに行っても
大抵の仕組みは一緒なので、その考えは現実逃避の場合が
多い)。というのが以前の自分の考え方であったが、いまの
考えはこうである。

この場において、愚痴を言うのは甘かったということである。
本当にそこを目指す価値が自分にとってあると判断し、その
仕組みが気に食わないのなら、まずはその仕組みに従い、
その流れに対応するくらいの辛抱がまずは必要である。
そして、そのときにまだ自分が仕組みが気に入らないので
あれば、自分がその仕組みを変えられる位置まで辿り着い
たら、そのときに自分の理想に変えれば良いのである。

今現在その仕組みをコントロールできる位置に居る人々は、
当然彼らにも理想があり、そこに辿り着くまでは、だれか
他の人の、自分の理想とは異なる仕組みの中で、辛抱もし、
現在その位置に居るのである。その辛抱もせずに、自分の
理想論や愚痴を言ったり、その場を逃げるのはあまいと
いうことである。

二つ目は、Bのことをごますり上手といった様な見方
をしているうちは、自分はまだ管理職になるために
必要な、いろいろな性格やスキル、人間性を備えて
いないということである。

上のBの人間性の説明は、以前の自分の見方であり、
すべて愚痴、皮肉、ひがみといった種の表現である。

しかし、上の例で、Bを「クール」と表現したのは、
言い方を変えれば大事なクライアントと対応する際に、
仕事を任せてもらう上での信頼を得る為のリーダーと
しての大切な人間性である。どんなに個人として仕事
ができても、例えばクライアントにこの人の率いる
チーム大丈夫か?と思われるようなイメージではリーダー
はつとまらない。

「人気者」と表現したのは、リーダーの立場にいる
人は、たとえばキツい仕事を受けたときに、みんなが
きついなか、その職場を自分の存在、言動により和める
ぐらいの、社交性が必要である。

「オーナーのお気に入り」とう表現をしたのは、
仕事では、各役職ごとにその仕事の性質により求め
られる人間性が異なると思う。管理職には管理職ゆえ
の仕事に対する責任があり、それをこなす上に必要な
人間性もまた異なる。「管理職に気に入られる性格」
という表現も、つまりはリーダーの立場の人からみて、
リーダーの仕事に必要な素質があるという意味でもある。

つまりは、Bのことを上のような捉え方をしているうちは、
自分は、まだまだあまかったということである。

個人としての仕事のスキルと、組織を率いるリーダー
に必要とされるスキルは全く違うと思う。このスキル
の違いの存在は一般的に広く認知されているかもしれない。

しかし、自分の様に、そのリーダーシップに必要なスキル
が備わっていない場合、その存在や必要性に気づかず、
なぜ自分がその役割を任せられないのかが分からない
ものであると思う。

自分はずいぶんと長い間こういった疑問を持っていた。
そして、自分が辿り着けないそのポジションに辿り
着く人を、上のBの説明のように、マイナスのイメージ
でとらえていたのである。

恥ずかしながら、このマイナスの考え方から抜け出すの
にずいぶんと時間がかかってしまった。この考え方が
正しいかは自分の経験がもっと増さないと分からない
だろうが、これが現時点での自分の経験から信じている、
社内政治、リーダーシップに対する考え方である。

少なくとも、以前の考え方よりは成長している
事を願う(笑)。

2009年8月30日日曜日

ドアの話2

「ドアの話」に戻る

ドアの話を書いてずいぶん経ったが、つい先週また新しい
ドアの経験をした。たかがドアの開け閉めだが、自分には
これも国際環境で生活する上での貴重な意味がこもってい
るように思えて面白い。

以前書いた様に、自分の生活している環境では、外国人が
ドアを年齢、性別かまわず人のために開けてあげるのは、
人生や仕事の経験が豊富で、大人やリーダーが兼ね備えて
いるべくマナーであると自分は考える。

そして、まだそれが新鮮であったころの自分が、先輩達のまねを
して同僚にドアを開けようと試みたときは、経験不足のためか
違和感を覚えた。自分には自然にそれができはしなかったのである。

最近では、まだまだではあるが、その頃よりはそういった
気遣いができる様になってきた気がする。

そんな中、先日朝会社についてから、コーヒーを隣のカフェで
買って来た帰り道である、カフェで一緒になった会社の幹部
の一人と雑談をしながら戻る際に、会社の入り口のドアをその
人の為自分が開けた所、なんと彼はもう一つのドアを自分で
開けて入っていってしまった。

あれれ?と思った。タイミング的にもその開いているドアを
くぐった方が自然なような気がした。ただの自分の気にし過ぎ
かもしれないし、タイミング的なものでしか無い可能性も高い。

しかし自分には、幹部という立場のひとが、自分にドアを
開けられることが少々居心地が悪かったということだったの
ではないかと想像している。要は自分が、この人から見て
まだドアを開けられて快適な大人には見えないということ
のような気がする。

確かに、自分より大人で(これは年齢ではなく人としての
大人さ)、会社でのリーダーシップの経験などが長く
豊富な知人が、自分の代わりにここでドアを開けていた
ことを想像すると、この人が自然とその開いたドアを
くぐる姿が、悔しいが想像できてしまう。


「ジェームズの話」に進む
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2009年8月27日木曜日

[読み物タイトル] 外国における社内政治

社内政治はどこの国でもあるであろうし、日本にも得意な人、
不得意な人といると思う。

海外で仕事をしていて頻繁に思う事が一つある。仮に日本国内
で社内政治がニガテでない場合でも、海外(自分の場合はアメリカ)
に来ると、英語における社内政治がからっきしだめであるという
ことが起きるということである。

そして、ここで強調したいのが、我々日本人が海外における
社内政治がニガテな理由は、一般的に思われがちな「それは
英語が苦手だから」という理由より、もっともっと深い
というところである。一言で言うと、このブログのいろいろ
なところで表現している日本と西洋の文化的な違いが理由で
あると思う。

自分はこれが我々が海外でリーダーシップを発揮しにくい
大きな理由の一つであると考えている。

この読み物は、自分の経験する、海外における社内政治
のあり方について、そして、日本人にとってつまずき
易い点、それの対応方法も、見つけられれば書いていきたい。

2009年8月16日日曜日

「ニガテ」の話 Part.1

読み物タイトルに戻る


持論の項目の一つ目は、自分がかなり愛着の深い言葉「にがて」に
ついて書いてみたい。

一般的ににがてという表現は、マイナスの見方があるといって間違い
はないと思う。自分が不得意である事、一生懸命やってもうまく
いかないこと、自分より周りの人の方がうまくできる事、上達したい
けど何らかの適正にかける事、周りの人の方が自分より上達が早い
こと、またはあなたには向いていないからやめなさいと家族や友人
に言われる事、といった定義でおそらく文句は言われないであろう。

よっぽど恵まれた人ではない限り(というか、そんな恵まれた人は
いるのであろうか?少なくとも自分の周りにはそんな人はいない)、
通常我々はいろいろな所でこの自分のにがてにぶつかる。

なぜこのにがてという言葉が自分には愛着があるかというと、
これはいままでいろいろなニガテにぶつかってきたなか、
どうすればそのニガテを克服できるかと、いろいろと試行錯誤
してきたからであると思う。

もうかなりの数のニガテに悩まされてきたなか、とにかく
それを克服する「試み」には相当の労力を費やして来たつもり
である。

もちろんその中でなんとか克服できたものもあれば、どんなに
頑張っても克服できなかったものもある。はたまた、不満足では
あれど、自分に必要な程度克服できたものも有れば、有る程度
上達して来たが労力に疲れて克服をあきらめてしまったものもある。
一つだけ言える事は、今まで(もちろん今でも)相当自分のニガテと
対面して来たつもりである。

面白い事に、克服できた、できないという事実とは別に、「ニガテ
克服の試み」を数多くやってくると、ちょっと変わった面白い
「ニガテ」の定義が見えてくるようになった気がする。この
試行錯誤を数多くこなして来たことにより見える様になったと
思う、自分が信じているこの自分なりの定義を書いてみたい。

さて、深く掘り下げるまえに、そもそもニガテを克服する必要
などあるのだろうか?苦手なことよりも、自分の得意なことを
見つけた方が良いのではないか?

これはその通りであると思う。自分の得意な物を選んだ方が
上達も早いし、理にかなっている。何か上達するのに例えば
いちいち人の3倍の時間がかかっていたら参ってしまう。
自分の適正を判断することはすごく大事な事であると思う。

しかし、適正と自分の上達したい事は残念ながら必ずしも
一致するわけではない。もちろん、自分の「これっ」と
決めた事が自分が得意であったらそんな幸運な事は無い。

しかし、この「幸運」なひとは自分が考えるにほんの一握り
ではないかと思う。なので、自分がなにか上達したい事、仕事に
したい事が、仮に自分には適正がなく、ニガテである場合や、
得意な事が見つけにくい場合はどうすれば良いのか?
このように、大半の場合は、誰でもなんらかの克服したい
ニガテが有るはずである。

そんななか、こんなことを考えてしまったことが有る人もいる
かもしれない。ニガテなことが多く、特に才能のない自分は
上達して何かをうまくなることはできるのだろうか。。。
なにかをうまくできている人は、どうせ自分には無い何か
恵まれた才能や環境、適正があるだろう。。。過去に努力
したけどうまくいかなかった自分には、また次も努力しても
どうせニガテは解決しないだろう。。。

自分もニガテの克服を意識的に試み始めた頃にこのような
事を考えていた。

ニガテと分かっていることにチャレンジすることは、それなりに
覚悟が必要であり、リスクもあると思う。例えば得意な事に
チャレンジするのは簡単である。得意なのだからうまくいく
可能性も当然高いであろう。得意であれば上達も早いし、
それを感じる事ができるため、持続のモチベーションも上げ
やすいであろう。基本は努力するだけそれに見合った上達を
するから、努力をするもの比較的苦にはならない。

逆に、ニガテなことは上達も遅いし、本当に自分はこれが最終的
にうまくなるのだろうかと、不安になるし、時間の無駄なのでは
と疑いたくもなる。頑張ってもあまり上達しないことを持続する
のはかなり難しい。端で自分が苦労していることをすいすい
上達している人をみると、かなりブルーになりやる気も無くなる。
どうせこれもうまくいかないのではないだろうか...と。

では、自分の何か上達したいことが自分が苦手だったら、運が
悪かったと思いあきらめるしかないのか。

ここで2つ自分が信じていることは、「ニガテであっても、
適正が無くても、大丈夫」と言う事、そして、ニガテなことの上達を
試みた場合、なんと得意な事に取り組んだ場合よりも、自分に有利
なことが多くあるという事である。この2つを考える様になって
からは、苦手なことの上達を試みることがあまり苦痛ではなく
なった上に、その試みがうまくいく率も昔に比べて高くなって
きたと思う。

Part.2は、具体的にニガテにまつわる自分の経験、および
上の2つのことを書いてみたい。

2009年8月7日金曜日

英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 (修正)

このテーマを続けて書いきたなか、Part.2で書いた
6つのステップのなか、第1ステップと第2ステップの
間にもう一つステップを足した方が、自分の経験により
そぐうような気がしてきた。なのでPart.1〜Part.3b
までの書き物に、ステップ1.5を追加してみた。

英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.3b

「英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.1」に戻る
「英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.2」に戻る
「英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.3a」に戻る

Part.3aで書いたが、まず日常会話、学校、仕事場での英会話が
快適になってきてから、英語の雑談になんとかチャレンジしようと
思った場合、この第2ステップにたどり着くのはどうやらみんなに
結構共通のことであるようである。

まず初めて雑談に参加しようと思うと、それがかなり難易度が
高い事に気づく。そして、初めのうちはうなずいたり、笑顔で
振る舞ったり、今イチ内容の分からない雑談にも分かった振り
をして笑ったりする。

そして、なんの理由であれ雑談に参加したい場合、できない
自分が面白くなく、次は無理矢理会話に参加をしようとする。
そして多くの人がたどり着くのがどうやら第2ステップの
様である。

自分の場合もそうだが、雑談に参加しようとすると、参加
できていない自分が嫌で、自然と参加する試みをするのだが、
雑談はそうそう簡単に習得できる物ではなく、結局雑談の
「ふり」を習得してしまう。

そもそも雑談とは、相手の存在を会話のやりとりで楽しむ
ものであると自分は思う。雑談ができるかできないかという
ことを気にしている時点でそもそも雑談をする意味が違って
きているのだが、あまりにも雑談できないことがショックで、
ずいぶんと長い間、雑談が「できる」ということがテーマに
なってしまっていた。

会話に参加できないから自分の日本人としてのアドバンテージ
である日本の話をする。仕事仲間との雑談であれば仕事の
テーマを持ち出せば、会話には困らない。いつもしている
テーマのある話なので、これには参加できる。また、みんなが
している自分の追いつけない会話に関しては、「質問君」に
なれば参加している感じにはなる。これらの第2ステップに
共通しているのは、自分の場合「雑談をしている自分」に
なる為に編み出した方法でしかなかった。そして、本来の
そこに居る雑談相手の存在を会話のやり取りにより
楽しむということをしていなかった。これに共感していただける
人はいるのではないだろうか。

では、自分が第2ステップにもし居る事に気づいてしまった
場合、具体的にどうすればよいのか。

まず自分が試みたのが、第2ステップにリストアップした、
「ふり」の会話をやめてみる事である。もちろん日本の話、
仕事の話、会話に対する質問、をしてはいけないなどと
言うルールは何処にも無いが、少なくとも自分はこの「ふり」
をやめる所から始めた。それはすなわち

-日本の話はしない
-仕事の話はしない
-会話に参加しているふりの為の質問はしない

ということになる。そして、本来の、相手の存在を
楽しむ為の会話を心がける様にした。

そして、いま振り返って考えてみると、Part.2で書いた、
第3ステップや第4ステップのようなテーマになってくる。

Part.4は、この第3ステップ、第4ステップをもっと掘り下げて
考えてみたい。

2009年8月2日日曜日

英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.3a

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「英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.2」に戻る

Part.3aは、Part.2で紹介した英語でのカジュアルトーク上達の為の
ステップをもっと掘り下げてみたい。

=== 第1ステップ ===
-英語で会話が理解できる
-言いたい事が英語で言える
=================

第1ステップはそのままである。英語でのカジュアルトークは
Part.1で書いた様に、英会話の中でも難易度が高いほうであると思う。
カジュアルトークを覚える為には、英語でのコミュニケーション
がまずある程度できる必要がある。

もしステップ1が難易度が高いと感じる場合は心配せず、まずは
意思疎通の為の英会話を習得することにターゲットを定めるのが
良いかもしれない。その場合は、「海外での生活の上で日々
心がけている事 Part. 1-a」
などをみていただけるとうれしい。

=== 第1.5ステップ ===
-日常生活をする上での必要不可欠な英会話、
学校での授業の会話、もしくは会社での仕事上の
会話を離れ、初めて雑談をしようと試みる。
-英語で雑談をしてみるとそれがかなり難しいことに気づく。
-雑談に全く参加ができず、うなずいたり、笑顔で会話に相づちを
うったり、今イチ内容の分からない雑談にも分かった振りをして
笑ったりする。
=================

ステップ1.5は、まだ雑談にあまり慣れていないときに、初めて
英語での雑談を試みると、まず初めに気づくのが、自分が日常生活で
使っている英語や、学校、仕事場で使っている英語とはちょっと別物で
あることに気づく。日本語とは違い、我々日本人が英語を覚えるのは、
留学や仕事といった目的がある場合が多いと思う。もちろん外国人と
雑談をする目的の人ももちろんいると思うが、自分の周りには学校や
仕事といった、英会話の目的が定まっている場合が多く、雑談というの
は比較的比重が小さい場合が多い。

そんな中、慣れていない雑談にチャレンジすると、ステップ1.5の様に、
テーマのある英会話なら参加できていたはずなのに、雑談となると話に
参加できないという経験をすることが多い。


=== 第2ステップ ===
-日本の事を話す
-仕事の事を話す
-質問をする
=================

第2ステップは、自分の中でちょっとこだわりのあるステップで
ある。それは、ずいぶんと長い間、自分はこのステップから先へ
進めずすごく苦労したからである。むしろ、このステップに居た
頃は、そもそも自分がそのステップに居た事すら気づいておらず、
それで有る程度カジュアルトークができていると思っていた。

しかし、どこか何か違うなあといった感覚がいつもあった。
ホームパーティや、飲みの場で一応会話はできるし、カジュアル
トークができていないとも自分では思っていなかった。しかし、
やはり何か外国人と会話をしていてもあまり楽しくないし、
進んでそのカジュアルトークの場に参加したいとも思えないし、
日本人と会話をしている時とは明らかに差があった。

そんな中、友達と話をしている中で、あるとき自分がいつも
同じパターンの会話をしている事に気づいた。それは、自分の
外国人としている会話は、ほぼ決まって日本のテーマの話か、
仕事の話、もしくは、自分が何かテーマのある会話に参加
していない時は、その場で行なわれている会話に、「それって
どういう意味?」や、「へー、そうなんだ、知らなかった」や、
「えっ、そうなんだ、もっと詳しく教えて」などといった具合に、
自分は「質問君」になっていた。

これは、一見自分が会話に参加しているように見えるし、自分が
話に参加している「気分」になることはできるが、先ほどいった、
「何か会話に参加しているはずなのに楽しくない」といった感覚が
残る。

これは今だから思うのだが、「会話に参加している」のではなく、
単に「参加しているふりをしている」だけだった様な気がする。

もちろん、雑談で友達と日本の話をして悪いわけはない。また、
仕事の話をカジュアルトークですることは多々ある。そして、
英語がネイティブで、カジュアルトークが大得意なアメリカ人
でも行なわれている会話に対して質問をもちろんする。

問題はこれらの項目ではなく、もし自分のしているカジュアル
トークが、これらの項目「のみ」から成り立っているとしたら、
これは自分が思うに、それは雑談をしてお互いの存在を楽しんで
いるのではなく、雑談をするための努力をしているだけで、
悪く言うと雑談をしているふりをしているにすぎない。
雑談とは、努力をしてする物ではないし、ふりをするものでも
ないし、いつもいつも同じテーマを話すのもちょっと違う気が
個人的にはする。

長くなったが、この第2ステップは以外と多くの日本人が
はまりやすいステップのような気がする。英語で日常会話
は結構できて、仕事の上での英語でのコミュニケーション
にもあまり不自由がなく、プライベートで外国人とたまに
時間を過ごす人の多くに、いままでこのステップに共感して
もらえる人が結構いた。もし、何かの理由で外国人と
カジュアルトークをしたくて、試みてはいるが、何となく
会話をしている気がしない、あまり楽しくないという
感覚のある場合は、自分がこのステップにはまっていないか
どうかを考えてみると面白い。

もし、この第2ステップに自分が当てはまると思う場合は、
Part.2のステップアップのリストが、カジュアルトークの
幅を広げる為の参考になるかもしれない。

Part.3bは、この第1.5と第2ステップに自分がいたときに、
具体的にどのようにステップアップを試みたかを書いてみたい。

「英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.3b」に進む

2009年7月29日水曜日

英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.2

「英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.1」に戻る


Part.2は自分の実践しているカジュアルトーク上達のための
試みを紹介したい。これだけ長い間実践しているのにまだまだ
自分も日々苦労している事を考えると、方法が自体が良くない
可能性も十分にあるが(苦笑)、もし自分と同じようなことを
必要としているひとの少しでもステップアップの近道になれば
このエントリーを書いた甲斐があるかもしれない。

カジュアルトークとは、一件すごく大きく、おおまかな定義で
ある様に思える。しかし、長い間英語でのカジュアルトークの
上達を試み、そして多くの日本人および外国人とこのテーマに
ついて話してくると、我々日本人がつまずく共通点が見えてく
るのである。

そして、その共通点が見えてくると、上達の為の具体的ステップ
が見えて来るような気がする。

少々話がそれるが、自分には自分なりの物事の上達方法がある。
すれはすごくシンプルで、少なくとも自分にはそれが自分にあった
上達方法であると信じている。それは、

1. 自分が何かを上達したい時は、まずその上達したい項目に
おいて、自分の現状、現在のレベルを把握することを試みる。

2. そして、自分の現状、現在位置をできるだけ正確に把握したら、
次のステップを探し、見つけ、そしてその次のステップができている
人を探し、観察する。

3. そして、現状にいながら、その次のステップを既に自然と
できている人を参考にしながら、自分も次のステップを少しずつ
失敗しながら試みる。

少なくとも自分は、このステップの繰り返しで物事のスキルアップ
を試みてきた。

話を戻すと、英語でのカジュアルトーク上達も全く同じ方法を
とっている。

まず初めに、自分なりにカジュアルトークのステップアップの
段階を把握する事から始めた。そして、それがつかめたら、
自分が現在そのどのレベルにいるかを把握し、その次のステップを
見据える。そして、その次のステップのカジュアルトークが既に
できている人を参考に、自分もその次のステップのカジュアル
トークを少しずつでも焦らず日々試みる。ここで大事なのは、
焦らず、そして次のステップを試みる際にうまくしゃべれない
ことは普通で、失敗する事に慣れる事である。

そして、それを繰り返しているとだんだん自分も次のステップ
に近づいて行くのである。繰り返しになるが、大事なのは、
焦らず、次のステップの試みは何度も失敗するのが前提であると
理解する事である。そして、なんとか時間をかけ、次のステップに
たどり着けたら、またその次のステップが見えてくるといった
感じである。

もっと効率の良い方法が間違いなくあると思うが、少なくとも
これが自分の実践している上達方法である。

物事がおおまかに定義されている事であればあるほど、この
スキルアップのステップが定義しにくいと思う。物によっては、
スキルアップのステップなど定義できないものもあると思う。

そして、それゆえ、上達に苦労する一番の理由が、自分の現段階
のスキルを正確に把握していないことであると自分は思う。

英語でのカジュアルトークは、一件そのステップが定義できない
ニュアンス的なスキルに思えるのであるが、ここで紹介したいのが、
試行錯誤した結果、自分の現在使っている上達のステップである。

* 自分なりの英語でのカジュアルトーク上達のステップ:

=== 第1ステップ ===

-英語で会話が理解できる
-言いたい事が英語で言える

=== 第1.5ステップ ===

-日常生活をする上での必要不可欠な英会話、
学校での授業の会話、もしくは会社での仕事上の
会話を離れ、初めて雑談をしようと試みる。
-英語で雑談をしてみるとそれがかなり難しいことに気づく。
-雑談に全く参加ができず、うなずいたり、笑顔で会話に相づちを
うったり、今イチ内容の分からない雑談にも分かった振りをして
笑ったりする。


=== 第2ステップ ===

-日本の事を話す
-仕事の事を話す
-質問をする

=== 第3ステップ ===

-趣味の話をする
-テーマのある話をする(知識や情報の話。
特に楽しい話ではなくてよい。)

=== 第4ステップ ===

楽しい、面白い会話をする。これは誰かと
話をした結果、何も自分および相手の為に
なってはいないが、話をしたこと自体が
楽しい会話。

--->ここから、話し方、話術が必要になってくる。
難易度がグンとアップする。

-経験談を語る
-面白い話をする
-面白い記事、情報を披露する
-自分の見た、笑ったテレビ番組、ラジオを披露する
-自分の見た、興味深いテレビ番組、ラジオを披露する
-自分の見た、面白い映画の話を披露する
-自分の面白い友人の話を披露する

=== 第5ステップ ===

-相手の面白い話に関連する自分の面白い話をする
-面白い話に、笑いを追加する
-冗談に冗談を付け足す

=== 第6ステップ ===

- ?

=================


以上が自分の現在見据えている英語におけるカジュアルトーク
の上達ステップであるが、自分にはまだ第5ステップまでしか
見えない。第6ステップは、自分が第5ステップにたどり着いたら
見えるのではないかと思う。

いくつか補足であるが、第1ステップがかなり難易度が高い
と感じてしまう場合は、これはカジュアルトーク自体が難易度が
高いからであると思う。

Part.1で書いた様に、カジュアルトークは英会話の中でも自分は
難易度が高いほうであると思う。カジュアルトークができなくても
海外で生活、学生生活、仕事は十分にできると思う。

もしステップ1が難易度が高いと感じる場合は心配せず、まずは
意思疎通の為の英会話を習得することにターゲットを定めるのが
良いかもしれない。その場合は、「海外での生活の上で日々心がけて
いる事 Part. 1-a」
などをみていただけるとうれしい。

また、その人の性格によって、ステップ1.5からステップ4までの
体験順序が変わるかもしれない。上に書いた順序は、いろいろな
人と話した中で、一番共通している並び方である。

英語でのカジュアルトークを上達したい人は、上のステップの
どの段階に自分が当てはまるかを考えると面白い。そして、自分の
まだ習得していないカジュアルトークのスキルが先にあることが
見えると、それを日々試みるだけで雑談のスキルが向上すると
思う。

part.3aは、上の各ステップをもっと具体的に掘り下げて考えて
みたい。

「英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.3a」に進む

2009年7月28日火曜日

英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.1

更新をずいぶんと怠っていたので、投稿復帰第一回目は
自分の結構こだわりのネタを書いてみたい。

それは、外国人との英語での雑談が、日本人と日本語で
無駄話をしているかの様に、楽しめる様になる為の自分の
実践している上達方法について書いてみたい。

これができる様になると、

* 英語で会話をするホームパーティーが楽しめる様になる。
(というか、その誘いが無い場合はその誘いもくるよう
になる(笑))。

* 仕事のあと、同僚と飲みに行くのが義務感ではなくなり
楽しみになる。

* 本当の意味で外国人の友達ができるようになる。

* 日本人以外の人/同僚からプライベートの遊びの誘いが
来る様になる。

* 外国人とスノボ旅行をする際の移動時間の会話が
怖くなくなる(笑)。

* 美容師さんと無理矢理会話をするふり、もしくは寝た
ふりをしなくて良くなる(笑)

* 仕事仲間とのランチが楽しめる様になる。

* 国際環境でリーダーになるために必要なSocial Skill
が大きく向上する。

* 外国人と恋愛ができる様になる。

海外で仕事をしている人であれば、上のいくつかの項目が
できたらなあ、と考えた事があるひとはいるのではない
だろうか。

具体的な話に入る前に、まずこのブログの色々なところでも
書いているが、ただ意思疎通が目的の英会話と、特に何も
テーマが無い時にお互いの存在を楽しむ為にする英会話
とでは、
会話の内容、および必要とされる会話のスキルが全く違うと
自分は考えている。

英語圏で幼少期、思春期の大半を過ごしていない限りは
(これは、幼少期の数年(4、5年間とか)海外で生活して
いた程度ではなく、幼稚園、小学校から、高校、大学まで
ぐらい、日本語より英語の方が楽といったぐらいの期間の人)、
日本人であればどんなに英語(コミュニケーション英語)ができる人
であれ、プライベートで英語で外国人と接し、それが日本人と
日本語で会話をしているのと同じ感覚で楽しめる人はそう
そういないのではないかと思う。それだけこの英語でのカジュアル
トークを本当に楽しむことは我々日本人にとって難しいもので
あると思う。

自分の興味から、いろいろな日本人の方とこのテーマについて
話す事があるのだが、あるとき自分が気づいた事は、自分も
含め、ほとんどの人がカジュアルトークをしている「ふり」
しかしていないと言う事であった。

この事に気づいた時は、自分には外国人の友達もおり、
仕事の外で一緒に外国人とつるむ事を結構していた。
会話や話題に詰まる事もなく、はたから見ればあたかも
会話を楽しんでいる様に見えたはずである。

しかし、自分が認めたくなかった事実は、行なっている会話
の大部分が「会話をする為の会話」であり、実際はほとんど
その会話を楽しんではいなかったのである。パーティーに
行った方が良いからいく、またはパーティに行かない自分が
嫌であるから参加する、そしてそのパーティで会話をしない
自分が嫌だから会話の為の会話をする。このような、会話を
する為の会話をずいぶんとやっていた気がする。

それゆえ当然自分には分かるのである。パーティーに参加して
も今イチ楽しくない。日本人と日本語で会話をしていた方が
楽しい。気心知れた友達でも英語での会話はあまり楽しめない。
移動時間は会話を持たせることにしか頭が回らず、できれば
一人で移動したい。

特に自分の国際環境での生活能力を上げようと意識的に外国人と
時間を過ごしていた自分にとって、この今イチ英語でのコミュニ
ケーションが楽しめないというのは今でも大問題である。

しかし、さすがに10年間もこれを意識し続けると、少しずつで
はあれカジュアルトークが上達して来たように思える。最近では、
稀ではあるが、ようやく、本当にようやく、日本人と日本語で
会話をしているような感覚で、英語での雑談が楽しめる時も
出て来た。

Part 2.では、今まで10年間試行錯誤してきた、自分なりの
英語でのカジュアルトーク上達方法を紹介したい。

「英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法 Part.2」へ

2009年7月27日月曜日

[読み物タイトル] 英語でのカジュアルトーク(雑談)上達方法

英語でのカジュアルトーク、雑談はかなり難易度が
高いと思う。この読み物は、日本生まれ、日本育ち
の日本人が、日本人と日本語で話しているかの様に
英語での外国人との雑談が楽しめる様になることを
目指し、自分が日々試みている方法を書いてみたい。

2009年7月24日金曜日

[読み物タイトル] 持論(自論)

この読み物は自分の信念というか、自分が現時点で
信じている自分なりの価値観を書いてみたい。

誰でも一般の流れとは少々違う見方、考え方、
捉え方があると思う。もちろんそれを妄信する
のは時には(多くの場合は?)危険であることは
重々承知しているが、逆に、時には世の中の自分
以外の全ての人間が同意しなかろうが自分の
信念を貫き通すべきである時もあるかと思う。

そんな自分なりの変わった考え方を書いてみたい。

更新再開

更新をやめてから気づくともう3ヶ月も経っていた。

無精になったわけでもなく、書く事に興味がなくなった
わけでもなく、ここアメリカで10年ほど働いたなかで
一番難易度の高い仕事に関わっていた。

ようやくその仕事が先週終わり、じっくり休んで
また書く余裕が出て来た。

ブログを読んでいただいている人には分かっていただける
と思うのだが、このブログはこんな映画のこんな仕事に
関わっているといった内容が書きたいのではない。

今回だけ、更新を3ヶ月も怠っていた原因を紹介してみる。

http://www.traileraddict.com/trailer/2012/trailer

2009年4月18日土曜日

更新不足...

このブログは、海外での生活を目指す人や、外国人
と接する機会の多い人に、読んでもらって本当に
為になるような内容のみを公開することを目標に
している。

また、更新頻度よりも内容を重視しているため、納得の
いかない書き物は公開せず、一つの記事を書ききる余裕の
ない時は書きかけの投稿をつめるといった作業をする
ようにしている。

書きたい項目は山ほどあり、このような書きかけの
文章も沢山あるのだが、やはり映画の締め切りが近く
なると、アメリカとはいえ労働時間が伸び、じっくり
書き込む余裕がなくなる。

現在仕事の佳境で、あと1ヶ月ほどで通常の状態に
戻れると思う。

2009年3月6日金曜日

リーダーシップに要求される英語力

読み物タイトル「日本人にとって、いち外国人として組織を
率いるのが難しい理由」に戻る



読み物タイトルでちょこっと述べたように、日本人が外国の
組織を率いるのがニガテな理由の一つに、やはり
英語という要素が多いにあるのは間違いないと思う。

この読み物の趣旨は、この想像しやすい英語という理由と
は別の、あまり一般的に認知されていない様々な理由を書いて
いきたいのだが、この項目の一つ目の書き物なので、あえて
王道の英語がなぜ難しいかというのを書いてみたい。

よくアメリカで見る組織のリーダーなどの求人情報
には、必ず条件として"excellent communication
skills"(ずば抜けたコミュニケーション能力)と
表記されている。これを初めて見た時は、「その
職でコミュニケーションが良くできなくてはいけない
のはあたりまえだろ」と思った。

これは日本語に当てはめれば想像がつく。たとえば会社の
幹部の人が、交渉や、ミーティングで、難しいコミュニ
ケーションをあまり把握できていないとしたら。もしも
ミーティングでクライアントの言った表現やニュアンスが
難しいのに、ミーティングの責任者が把握しきれて
いなかったら、これは大変であろう。

しかし今考えると、実際に、どうして、そしてどれくらい
英語のコミュニケーション能力がexcellentではなくては
いけないかは想像できていなかった。当時の自分に、
「じゃあ当たり前と思うなら、どのくらいなコミュニ
ケーションの能力が必要か言ってみろ」と誰かに言われて
いたら、「んんん,それは...」と答えられていなかった
と思う。

つまり、リーダーには"excellent communication
skills"が必要といろいろな所で言われ、当然のことの
様に思えるのだが、実際にはどれだけ難しい事かが自分
には全く分っていなかったのである。

一言で言うと、外国人の組織においてリーダーになる
ためには、母国語が英語である国の人より、英語がうまく
なくてはいけないのである。

これも日本に当てはめてみれば分かりやすいのだが、
組織のリーダーたるものは、若かったり、表現力がまだ幼い
チームメイトのコミュニケーションを補ってあげるのも
仕事の一部なのである。

母国語が英語であるひとでも、説明が得意な人もいれば
苦手な人もいる。または、人前で説明が苦手な人もいれば、
若いアメリカ人など、英語の理解能力がまだ比較的幼い
人もいる。

そういったチームメイトがたとえばミーティングで誰かに
指示や説明をされたとする。そして、その人が100%内容を
理解していない場合、その人の代わりに理解し、それを彼に
分かりやすく説明してあげるのはリーダーの責任である。
つまり、アメリカ人の理解できなかった英語を、自分が拾い、
補い、後で分かりやすく英語で説明してあげなくてはいけ
ないのである。

逆の例もある。

例えば会議でチームメイトが何かを説明し、その人が説明が
あまり得意ではないときはそれがうまく伝わらないことがある。
するとそのチームメイトの伝えたい事を、その場の彼の少々
表現が足りない説明から把握し、それをミーティング参加者に
代わりに分かりやすく説明し直さなくてならないのもリーダー
の仕事である。

つまり、英語が母国語の人が表現足らずで説明し、さらには
英語が母国語の人が理解できなかった内容を、リーダーは
同じ条件で彼らよりも理解し、よりうまい表現で英語で
説明し直さなくてはならないわけである。

難易度はさらにあがる。

通常の会話が難なく話せるひとでも、人前や、大勢の
人数の前では説明が苦手な人は沢山いる。これは母国語が
英語であろうが無かろうが関係ない。プレゼン、パブリック
スピーキングのスキルである。そして、たとえばミーティング
で自分のチームメイトがグループに何かを説明しようとするの
だが、プレゼンが苦手だとする。もう同じパターンだが、
この場合、リーダーは彼の代わりによりうまい英語の
パブリックスピーキングで代打をしなくてはいけないの
である。

これらの例をまとめると、外国人の組織で求められる
リーダーの英語のスキルは、英語が母国語の国の人より、
英語における会話の:

表現力、理解力、説得力、そしてプレゼン力が
長けていなくてはいけないのである。

これは正直かなり難しい...

これは英語が母国語ではない我々日本人に、いつか達成
できるゴールですら無いかもしれないが、少なくとも、
求められるものが把握さえできれば、それに向ってスキル
アップを試みる事はできる。

外国の組織の中でリーダーを目指す為には、まずは要求される
英語力を把握し、次にそれを目指す事が我々にできる事では
ないかと思う。その難易度を理解し、目指す所を決めることが
現実的な第一歩であると思う。

2009年3月3日火曜日

[読み物タイトル] 日本人にとって、いち外国人として組織を率いるのが難しい理由

なぜ日本人は外国がニガテか? 〜問題提起でも書いたが、
日本人は国際的に何をしても優秀であると思う。

そんななか、いろいろな能力に長け、国内には沢山のリーダーが
いる中、いち外国人として、その環境で上に立つような日本出身の
リーダーの存在がもっといてもよいような気がする。

別の言い方をすると、良い意味での日本びいきの無い環境に
おいて、我々はリーダーシップを発揮する事が苦手なのでは
ないだろうか。

もちろん、英語という言語の壁が大きいのは言うまでもない。
しかし、今の時代英語が話せる日本人は結構おり、英語だけが
理由では無いような気がしてならない。

自分が外国で日々試行錯誤するなか、我々日本人にとってむずか
しく、克服していかなくてはならないことを発見するたびに
書いていきたいと思う。

より国際環境が身近になって来ている今こそ、こんなテーマを
考えてみたい。

「リーダーシップに要求される英語力」へ進む

2009年2月28日土曜日

B君の些細な行動

以前友達数人と南カリフォルニアにある
Six Flagsという遊園地に行った時である。

みんながチケットを買い終え、ゲートをくぐった
あとに、友達の女の子がふとチケットを落とす。

すると横にいた友人のB君は反射的に自分のチケット
をその子に手渡す。

その瞬間は自分はB君は何やっているのか?とおもった。
渡されたその子も「えっ?」といった反応だったの
だが、B君はチケットを渡した次にその子の落とした
チケットを拾い自分の分にする。

落ちたものを拾ってあげることは普通の事かもしれ
ないが、このとっさの状況で自分の分を先に手渡す
行為を見たのは初めてだった。

考えてみるとすごくGentlemanな行動である。ただ人の
落としたチケットを拾ってあげるのではなく、きれいな方の
自分のチケットを先にその子にわたし、汚い方をひろって
自分のものにしたわけである。些細な違いかもしれないが、
その細かい気遣いに感心した。

あとで思ったのだが、あの場でB君がチケットを拾い、
汚れたものがもう一つあるなか自分の方を渡そうとしたと
すると、チケットを落とした子は「いえいえ」、と遠慮を
していたかもしれない。反射的にチケットを先に渡したB君が
かっこいいのである(笑)。

B君の気遣いにはいつも驚かせられる。そして、このB君は
まだ若いのだが、会社の中の有力な時期リーダー候補である。


「ドアの話2」に進む
この読み物のタイトルに戻る...

2009年2月23日月曜日

ジャグジーにおける社交性

「Eye Contact、社交性の基礎編 Part. 2」にもどる

こんな経験に共感できる方はいるのではないだろうか。

一人でも、二人でもよいが、大勢でさわぐほどの
人数でない状況で、海外において公共のジャグジーに
入りに行ったとする。そして、ジャグジーに入っている
自分たちは日本人によって構成されているとする。

ジム内の施設でも良いし、アパート内の公共プール、
スノボ旅行中の宿のジャグジーでもよい。

そして自分たちだけが入っているときに、外国人の
カップルがあとから入ってくるとする。この時点で、
海外で仕事をし始めた頃の自分がとった行動は、基本は
まったくコミュニケーションをとらないというものであった。

向こうが"Hi"「こんにちは」と挨拶をすれば、返事は
したものの、自分から挨拶をしたり、会話を試みたり
ということはしなかった。

さらには、我々はこういったシチュエーションにおいて、
即席で他人と英語でコミュニケーションをとるのに慣れて
いない、もしくはとりたくないため、「俺に声をかけるなよ」
的な雰囲気を出し、わざと目を合わせないといったことさえも
する。そういった行動をとった経験のある人は自分だけで
はないであろう(苦笑)。

そして、通常は、目を合わせようとせず、会話をしたく
なさそうな雰囲気を醸し出している人に対して、相手は
わざわざ挨拶はしてこないし、コミュニケーションを図ろう
ともしない。

そしてそのあとにまっているものは...
かなりの近距離に向かい合って人がいるのに、目を
あわせず、見てみぬふりをする数十分がつづく。
これはかなり気まずい。

こんな理由から、ジャグジーに入る時はだれも他人が
いない方が気が楽だ、「頼むから誰も入ってこないでくれ」
と考えた事があるひとはいるのではないだろうか。
または、まだあまり出たくもないのに、外国人が入って
来たらこの状況の気まずさが嫌なため出てしまう、なんて
経験をしたことがある人は多いのではないか。自分はこの
気まずい状況にしてしまう自分の社交性の無さがかなり嫌で
あった。

つい最近友達の外国人に彼らの意見を聞いてみた。
このような自分の説明する状況は感じた事はあるか?と。
すると、帰って来た答えはおもったよりもマイナスなもの
であった。

その友達曰く、確かに日本人に限らず、アジアのひとはこう
いう場で話しかけても良いのか戸惑うとのことだ。あたかも
1メートル先にいる自分たちが全く存在しないかのように
まったく無視するのはちょっと変で、なぜなのかと逆に聞き
返された。場合によってはそれは失礼にあたるかと聞いた所、
そういう解釈をする人もいるのではないかとの返答であった...

もちろん、誰でも社交的で無い気分の時もある。また、
ジャグジーにゆっくりしようと思い行っているのに、面倒
くさい英会話を他人とする気分でないという理由もすごく共感
できる。社交的な気分なときは頑張って雑談をすればよいが、
何かゆっくりでき、この気まずい状況を回避する方法はないで
あろか?と思った人に、ちょっとしたミニSocial Skillを
紹介する。

やらなくてはいけない事はすごく簡単である。これは仮に英語が
しっかりと話せなくてもできるのでうれしい。とりあえずは
Eye Contactで書いたように、こちらからEye Contactを
試みる。そして笑顔で"Hi"と挨拶をする。これだけでも相手に
自分はきまずい雰囲気をつくるような社交性でないということが
伝わる。これが第一歩である。(というか、このEye Contact
と笑顔はどんな状況においても社交性の基本である。)

次に、ここがミソなのだが、(残念ながら、この"Hi"だけでは
狭い空間で向かい合うジャグジーという設定においては、まだ
気まずさは回避できない)、何か一言雑談をするのである。

英語で雑談というと難易度が高く感じる人もいるかもしれないが、
一言で良いためなんとかなる。いくつか決まったパターンを用意
しておいても良いかもしれない。大事なのは、Eye Contact、笑顔、
"Hi"に加えて、一言でも雑談を交わすと、他人としての壁がとれるため、
不思議な事にその後近距離で会話が無くても気まずくないのである。

さらにはすでに雑談を交わしているため、その後見てみぬふりを
する必要も無いし、一言会話をしたあとは、ふと近距離で目を合わせ
ても不自然でないのである。通常はこの場合向こうから笑顔をして
くる。なので笑顔で返せばEye Contactもそこからは自然にとれる。

つまり、ちょっとジャグジーにゆっくり休みたくて、日本人と
いる場合は、あとから外国人が入って来たり、または先に外国人が
入っていた場合、Eye Contact、笑顔、"Hi"、そして一言雑談をし、
すぐに自分の友達との日本語の会話に戻ればよいのである。これさえ
行なえばその後の時間が気まずい事はなくなる。これはまだ英会話が
苦手な場合も、何度か練習すれば行なうのはそう難しい事ではない。
なのでジャグジーの気まずさが苦手なひとは、ぜひトライしてみては
どうか。

さて、これができる様になったら、次はそのまま雑談を続け、相手の
カップルの存在を楽しめる様になることが理想である。そうなると、
ジャグジーにおいて誰か他人の外国人がはいってくる事が楽しくさえ
なってくる。

そういった社交性を身につける為には、もっとカルチャー英語
スキルをあげる必要があるが、それはまた別の記事で書きたいと思う。

最後に参考までに、簡単な一言雑談の例をいくつか。

* 自分のアパートにおいて(どこでも使える)

自分: "Hi" (こんにちは)
相手: "Hi" (こんにちは)
自分: "Do you come here a lot?"
(ここ(ジャグジー)ヘはよく来るのですか?)
相手: "yes/no/sometimes" (はい/いいえ/たまに来ます)
自分: "oh nice :)" (そうですか)
相手: "How about you?" (貴方はどうですか?)
自分: "Once in a while/I come here, probably
couple of times a week." (たまに/週に何度か)
相手: "ah nice" (そうですか)


* ジムにおいて

自分: "Hi" (こんにちは)
相手: "Hi" (こんにちは)
自分: "How was your workout?" (エクササイズはどうでした?)
相手: "um, it was great" (よかったですよ)
自分: "oh yea? :)" (そうですか)
相手: "How about you?" (貴方はどうですか?)
自分: "It turned out pretty good" (私もよいトレーニングできましたよ)
相手: "ah nice" (そうですか)


* スノボ旅行中の宿において

自分: "Hi" (こんにちは)
相手: "Hi" (こんにちは)
自分: "How was your day?" (今日の山はどうでした?)
相手: "oh, it was great/oh it was really cold/etc." 
   (良かったです/寒かったです/等)
自分: "oh nice :)" (そうですか)
相手: "How was your day?" (貴方はどうですか?)
自分: "Oh, I had a great time too" (私もよい一日でした)
相手: "cool" (そうですか)



「待ち時間における社交性の極意?」に進む

「Social skills(社交性)はかなり大事!」の
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